じぶん更新日記

1997年8月


文中のリンクについてはメンテを行っておりません。ご了承ください。

970831(日)
[日記]8月の「日記界」をふりかえって(その3)8月に印象に残った日記(後編中編)
 今日は夏休み最後の一日だ。朝方、娘が8/25頃からの日記を書いていたが、昼には完成した模様。午後は、クーラーでもつけてのんびり昼寝をしようと思っていたところ、妻が音頭をとって、子どもの部屋の大掃除にとりかかった。大型ゴミの私はすごすごと研究室にひきあげて、時々日記を読みながら、締め切り間近の原稿に精を出すことになった。

#研究室とアパートの間は1300mしか離れていないと前に書いたが、あまりにも近いので、「研究室に行く」という代わりに「研究室に帰る」と失言してしまうことがある。妻に、「そうね、あなた早くおうちへ帰りなさい」などと言われてしまう。うーむ。私のおうちはどこなんだ。

 さて、8月中旬以降の「日記読み日記」を始めたいと思うが、読者の皆様は、香港返還後の様子をどこまでご存じだろうか。(1)この方の日記は、もともと、香港返還前後の様子を伝える目的で始められたため、7/1をもって終了したものと勘違いされている方が多いように思う。じつは、返還後も、日記のタイトルが1文字増えただけでちゃんと続いているし、投票もできる。本日8/30の、西洋音楽と日本音楽についての独自の御見解も傾聴に値するが、8/18に書かれた「5000円札の謎」は、なるほどと思った。確かに、5000円札というのは奇妙な図柄だ。まっぷたつに割れた菊の紋章あり、やや陸地の配置が実際と異なる地球あり、逆さにすると富士山とは似つかない奇妙な山があるなど。「シナイ山」説も、あながちウソではなさそうだ。
 ところで、「篠沢教授に500点」という言葉をご存じだろうか。私は、大方の日記作者とは世代が異なるために、こういう言葉を聞くと何かホッとするものがある。(2)この方の日記には、他にも、『クイズタイムショック』や『アップダウンクイズ』など、懐かしい言葉が次々と出てくる。で、同じ世代かと思ったが、何と私より20歳も年下の方らしい。『アップダウンクイズ』が長寿番組だったことは知っているが、はて?、『クイズタイムショック』は、いつまで続いていたのだろうか。ちなみに、岡山では、不定期ながら、ついこの間まで『タイムトンネル』をやっていた。『奥様は魔女』も、時々テレビ番組欄で見かける。大学院の頃に熱中した『宇宙大作戦』と『銀河鉄道999(テレビアニメのもの)』の再放送も、早くやらないかなあ。
 ところで、突然だが、8月中旬(14日)に、私の日記にも「かうんたあ」というものをつけてみた。当初、1日の増加数は30-40ぐらいであろうと思っていたが、実際には、少ない時で50、多いときには150以上増加していることがわかった。ちょっと緊張してくるなあ。ちなみに、「777」をゲットされたのは、(3)この方なのだが、こればっかりは、いかなる日記通の方でも、当てられないと思う。ヒントは、この日記の名称の由来が、行動分析学用語の「引き延ばし」と同じ意味であること。私は、プログラマの略かと思っていた。
 さて、8月下旬に入って、いくつか変化が起こった。8月21日(現地時間)には、(4)この方に、帰国命令が出たそうだ。でもよく読むと、昇格とセットになっているらしいので、まずはお祝いをしなければ...。しかし、日記界の正義の味方は、果たして日本国内でも活躍できるだろうか。やはり弁護士を雇っておかれたほうがよろしいのでは....。
 もうひとかた、(5)この方の配偶者のが1週間の海外出張に出かけられたことは、数日前の日記にも書いた。本日帰国されるということなので、めでたいめでたい。しかし、夫婦というのは面白いもので、あまり一緒に居すぎると、夫の存在など、家の中では家具、旅行に行くときはおかかえ運転手みたいなものになってしまう(私の所だけか...)。面と向かって会話をするよりは、Eメイルか電話でやりとりしたほうが愛情が高まるものだ。といって、同じ屋根の下でEメイルのやりとりをする夫婦になってしまったら、ちょっと病的だろうなあ...。
 このシリーズ、今日で終わる予定だったが、あまり長く書きすぎると、うーむ、10日締め切りの原稿に差し障りがでるので、「後編」とすべきところを「中編」と書き換えて、明日で完結の予定。

970830(土)
[日記]8月の「日記界」をふりかえって(その2)8月に印象に残った日記(前編)
 昨日に引き続き「日記読みネタ」になってしまうが、今日は、8月に印象に残った日記のうち、中旬までの分について、日付順に追っていきたいと思う。
 まず、私が旅行から帰って最初に目についたのが、「毎日書き続けるということ」というタイトルの(1)こちらの方の詳細なデータである。同じ方のこのリストの膨大さにも驚かされる【私の日記も加えていただいてありがとうございます】。
 この「毎日書き続けるということ」だが、現実には毎日必ず更新するというのは、相当な努力が必要であると思う。私の場合、ネタ不足で書けないということは、まずないが、くたびれきって寝てしまいそうになることは度々ある。やはり3行半ぐらいで、自分のためだけに書き続けるのが精神衛生上いちばんよいのかもしれない。私もそろそろ、ダウンサイズ化に心がけようかと思う。
 8月上旬には、日記作者宛に「Web日記アンケート」が送られてきた。これもいくつかの日記で話題にされたようだが、これだけ大規模な調査を行うにあたって、回答用選択項目にいくつかバグがあったのは残念だ。
 8月7日前後には、なぜか、(2)こちらの方に妙な鉾先が向けられ、ご本人も当惑されておられた。それだけの偉大な方であることは確かである。この方がこの日の最後に書かれていた言葉は、たいへん重みがあると思う。
とりあえずこんなもんで許してよ、今日も残業バリバリだったしさ、営業で散々歩き回ったしさ。昼間も夜もWeb見てられる環境の人達のペースにはとてもついて行けないんだからさ。
 うーむ。私も、朝8時頃と、昼休みと、夕刻18:30頃には毎日のように日記を見ているから、この部類に属する人達になってしまう。ちょっとつらいなあ。
 さて、何度か書いているように、8月8日に私のパソコンのシステムディスクが突然壊れた。この原因は未だにわからないが、他にも同じような人がおられたことが、本日になってわかった。ユニークかつ鋭い指摘で定評のある(3)この方(8/30)のパソコンである。じつは、私の研究室のパソコンがもう一台、やはり、システムディスクが壊れて動かなくなっている(こちらのOSはNT)。どうもおかしい。ウィルスということはないだろうなあ。
 以前から多くの愛読者を擁していたが、8月になって突如大躍進をとげたのが、(4)この方の日記である。この日記は、6月の得票は173票にすぎなかったが、7月は542票、8月は30日の時点で、すでに1043票で、首位をうかがう大人気である。中身も面白いが、1行コメントにドキっとしたことを書かれる。私が妻に初めて日記猿人の画面を見せた時にも、たまたまもの凄いコメントが出されていて、言い訳に苦慮したものである。この方の8月の日記の中で特に面白いのは、8/12分ではないだろうか。
 7月のよろずやパロディに比べるとやや地味だったが、(5)このあたりで、つぎは自分の番ではないかと恐々としていたオヤヂも多かったのではないかと思う。もっといろいろなオヤヂを取り上げてほしかったが、意外に早く終わってしまったなあ。
 8月中旬以降の話題は、明日以降に続きます。本日とりあげた日記は、易しすぎるので正解は記しません。どうしてもわからない方は、直接リンク先をご覧ください。

970829(金)
[日記]8月の「日記界」をふりかえって(その1)
 8月も明日、あさっての2日だけになってしまった。月末を名残惜しむのは何と言っても12月だろうが、2番目に惜しまれるのが8月、3番目が3月かなあ、などと思う。子どもたちも、何やかんやと宿題に追われているようで、先ほども、娘が8月上旬の日記を想い出しながら書いていた。
 今月は、この日記でも何度か書いたように、8/8の午後にパソコンのシステムディスクが突然壊れ、しばらく他の日記を拝見できない日々が続いた。その後、旧式のパソコン(CPU:486DX)で最低限のネット環境は整えたが、あまりたくさんの日記に目を通すことはできなかった。
 この時期、ちょっと面白い現象が起こった。ブラウザで日記猿人の新作200とか当日のランキングなどを開いた状態で、Eメイルソフトを起動・終了したり、エディタでファイル操作などをすると、何と、いつの間にか、全く覚えのない日記に投票されてしまうのである。これは1回や2回ではない。毎日7-8回は、こういう「間違い」投票が起こってしまった。
はっきりした原因は分からないが、処理速度が遅いため、ウィンドウの切り替えがうまくできていないのか、あるいは、画面に特定箇所に位置する読んだよボタンを押す命令が、他の何らかのファイル操作と混同されてしまっているのか、いずれかであろうと思う。

 そんななかで8月の「日記界」をふりかえって、気付いたことは、夫婦、親子や兄弟姉妹が別々の日記を書き始めていることである。「オランダ駐在」の伊藤さんと、そのお父様の「最近、思うこと」が執筆を中断されているのは大変残念であるが、お姉さんと妹さんで公然とお互いの過去の秘密を暴露?しあっている超有名日記、よく読まないと気付かないような兄と妹(姉と弟だったか?)の日記などがあって興味深い。かやすがさん、たえさん、原麻さん、あるいは夜久さんなどの配偶者の方が独自に日記を書かれるとたいへん面白いと思うのだが...。(これは覗き趣味ではなく、同一の生活環境の描写がどのように異なるか、という知的興味からである。念のため。ちなみに私の妻にも勧めているところだが、今のところそういう予定はないそうだ)。
 同じ人が複数の日記を書いている場合でも、メイルアドレスやURLが違っていると同人とは気付かない場合がある。最近あまり更新されていない「おすっ!」など、どう考えても日記界の長老が書いているとしか思えないのだが、断定できるまでには至らない。こういうのを推理してみるのも、別の楽しみ方かと思う。
 最後に、パソコン復旧の過程で初めて気付いたのだが、日記によっては、cookieのやりとりを頻繁に要求するものが見受けられた。その後、新たにインストールしたネスケでも、cookieのやりとりがあるたびに警告を出すように設定したみたわけだが、日記によっては、本文を拝見するまでに、5、6回もこの警告がでることがあった。私は素人なのでよくわからないが、cookieを受け入れること自体はウィルスの感染には結びつかないと思う。しかし、自分のハードディスクに何かが書き込まれるというのは何となく気味が悪いし、そもそも意図が不明である。これは日記作者自身が意図したことではなく、プロバイダ、あるいは張り付けてある画像を読み込む際に発生するものらしいが、どなたか、長谷川まで、その意図と安全性をお教えいただければ幸いだ。(もし、これまで気付かれなかった方は、ブラウザのネットワーク・プロトコル設定のところでcookie受け入れの警告をチェックして御自分で確かめていただきたい。)

970828(木)
[心理]ある心理学者の転身
 全国には、どういう心理学の研究施設があるのだろう。こう思った人が、いくつかの検索サイトを経て1度はたどり着くサイトがこのリンク集だ。私も、何度となく、ここを利用させてもらった。
 ところが、このリンク集の主宰者が、本年度限りで心理学をやめ、故郷で地方公務員になるという話が、関連ページに書かれてあった。昨日、ご本人自身が心理学関連のMLにこのお知らせを流し、またリンク集から誰でも容易にたどれるページに記されていることから、ここでこの話題をとりあげてもプライバシーの侵害にはならないと判断し、少々感じたことを述べたいと思う。
 リンク集というのはそれ自体に独立した利用価値があるため、誰がそれを作ったのかということにはあまり注意が向かないものである。しかし何かのきっかけで、そのオーナーに関心を向けたとき、このリンク集を主宰していた方が、じつは某国立大学の大学院生であったことに驚かれるかもしれない。これだけの多数の情報を独自に収集し、信頼できるリンク集に仕上げることは大変な作業である。また、前にも書いたが、リンク先のURLは、しばしば変更されるため、メンテに相当の労力を使うものである。これまでのご尽力に深く感謝申し上げたいと思う。
 ところで、タイトルに「ある心理学者の転身」と書いたが、「転身」というのは別段、挫折ということではない。心理学者と地方公務員を比較した時、前者が後者より上であるなどという思い上がりの気持ちは毛頭ない。むしろ、「ある心理学者の飛躍」とか「躍進」と表現したほうが妥当であったかもしれないと思う。
 とはいえ、この方が書かれた「転身の理由」には、心理学界が今まさに抱えている矛盾がにじみ出ている。これを仕事としている私として、一個人の問題として惜しむわけにはいかないのだ。
 きょうは時間がないので、この方が提起している問題点だけを引用させてもらいたいと思う。
基本的な理解力や洞察力、理論の構成力といったものもそうですが、なによりも「熱中する」という能力が自分にはなかったようです。研究というのは小さな細かいことにどんどん熱中してのめり込んでゆくものであるようです。しかしながら、私はよくいえば興味の幅が広い、悪くいえば移り気な人間です。さらに、私の価値判断の中で「役に立つか否か」「合理的であるか否か」と命題は思った以上に強固なものでした。「(すぐには)役に立たない、細かいことだけをただ延々とやり続ける」というのは自分には全くむいてないものであり、ある意味で苦痛でもありました。
この後半部分は、心理学の研究が何を目指すべきかということについて、大きな問いかけを行っているように思う。 もう1点:
.....、最近の研究者の就職難です。心理学、特に実験系の心理学者は最近就職先がとみに減ってしまっています。大学生の数が減少することに加え、臨床心理への興味だけが異常に高まってしまったためです。人は食べて行かなくてはいけないは言うまでもありません。また、きちんと職について社会人として働くことによって精神的にも成長すると言うこともあると思います。今後とても就職できそうにもない、見切るなら早めに、というのも方向転換の一つの理由であることは否めません。
という部分だ。これも、心理学の研究分野が今後どういう方向に向けられるべきかについての重要な問題提起である。あまり、一般向けの話題ではないかもしれないが、これら2点について、明日以降の日記(あくまで予定だが)で、私なりの考えを述べていきたいと思っている。

970827(水)
[家庭]妻に「し○つま日記」を見せたが...
 最近、しんつま日記を楽しく読ませてもらっている。旦那さんが新婚後に初めて海外出張(但し、1週間)に出かけるというあたりから、ますます迫力が出てきた。この日記、私の8/198/78/6の各調査によれば、平日の昼間にカイシャから読まれる率の高い日記であるという特徴がある。おそらく、同世代の既婚OLに人気があるものと推測されるが、ここ数日は、自分たちの新婚時代を想い出して懐かしむオヤヂ連中からも人気を集めているらしく、いくつかの日記にそれらしき記述を見出すことができた。我が家でも、
と言って、「しんつま日記」の8月24日版を妻に読ませる。しかし、「なに、あなた、こんなふうにしてもらいたいの」と言う程度で、あまり感激はなかった様子だ。
 で、一人で新婚時代を懐かしむわけだが、結婚して14-15年も経ってしまうと、いろいろな謎ができる。以前にも記したように、そもそも結婚式をいつ挙げたのか、私の6月18日説と、妻の6月17日説のどちらが正しいのか、今となっては確認のしようがない。
 2番目の謎は、どちらが結婚を申し込んだか? これも子どもたちによく聞かれるのだが、私は決まって「お母さんがねえ、どうしても結婚してくれって言うもんだからねえ」と答えるし、妻は「お父さんがどうしても..(以下同文)」と答えるので、子どもはどっちを信じてよいのかわからない(実際は、母親のほうを信じる傾向が高いが)。
 この2番目の謎は、たぶん真相はこうだ。結婚すること自体は、それより2年ぐらい前に私のほうから申し込んだ。しかし、その後、早く結婚式をしてくれと言って、両親の家まで連れていったのは妻のほうだ。まあ、解釈はいろいろ分かれるところだが...。
 結婚した当時、私はまだ定職がなく、京都近辺で、週に13コマ(@100分)にものぼる非常勤講師、夜は家庭教師を2軒やっていた。妻は、愛知県で勤めていたので、一緒に住むわけにはいかない。そこで、結婚してから私が専任教官に採用されるまでの2年間は、夏休みなどの休業期間と土日以外は、ずっと単身赴任のような生活が続いていたのである。そうだ、だから新婚時代といったって、アツアツの毎日など最初からなかったのだ。
 3番目は、謎といえるかどうかわからないが、私は妻を名前で呼んだことが一度もない。理由は、妻の母親が姓名判断に凝っていて、結婚した当初に、「長谷川」の姓に適合するように妻の名前を勝手に改名してしまったことにある。私は、もともと占いのたぐいは一切信じないので、改名後の名前で呼ぶのは信念に反する。かといって、改名前の名前(戸籍上の名前)で呼ぶと、妻や義母が嫌がる。結局、名前で呼ぶ代わりに、「ねえねえ(これは呼びかけの意味)」、「あなた」、「おい」など、子どもの前では「お母さん」と呼ぶ。妻のほうも、私のことを、「ねえねえ」、「あなた」、「お父さん」、最近では子どもにならって「おとう」などと呼ぶ。これが14-15年も続いたのも、謎と言えば謎だ。
ついでだが、人と話をする時には、私は妻のことを「家内」あるいは「妻」と呼ぶ。「女房」とか「かあちゃん」というのは、いかにも古そうで抵抗がある。皆さんは、どう思われるでしょうか?


 夫婦にもいろいろなタイプがあると思うが、うちの場合は、友達夫婦みたいなものかもしれないと思う。お互いの趣味や価値観を尊重し干渉しないのが原則だ。【と、書いたところで妻がこの画面を覗き込む。「あらっ、とってもいい関係じゃないの。これからその路線でよろしくね」....と言う。うーむ。べったり覗き込まれてしまうと、続きが書けないなあ....。】
 現在、私の仕事場はアパートから1300メートルしか離れていない。それで昼食はたいがいアパートに戻ってとることにしているのだが、妻はめったに家に居ない。昼食をとっているとたまに「奥さん、どちらにおられますか」という電話がかかってくるが、居所はさっぱりわからない。トールペイントと習字をやっていることは知っているのだが、他にも、放送大学に通っているらしいし(それも「心理学」を勉強しているようだ)、英会話、パン作り、テニス、フルートの教室にも通っているらしいが、真相はよくわからない。パートや新興宗教や浮気でないことは確かだと思うのだが。
 いずれにせよ、それで特別、危機のようなものを感じたことはない。まあ、こういう夫婦もあるもんだ。
 もっといろいろ書こうかと思ったが、時々妻が検閲に来るので、このへんにしておく。最後に、この写真は、ヒマラヤの標高5090mの峠を越えたときのもの(期間限定)。プロの登山家は別として、夫婦合わせて10180mの登頂記録をもつというのが、この夫婦の数少ない自慢話なんだが、最近では、標高1700m余りの大山すら登らなくなってしまったなあ。

97826(火)
[因得]卑怯で愚かな匿名のネズミ講メイル
 今日は、パソコン修復作業でだいぶ時間をとられた。1つ驚いたのは、差分ファイルをDLしようと思って、「SUPER KiD」の制作元である「Zeit」という会社のホームページにアクセスしたら、何と、倒産してしまって「お詫び」のメッセージが出ていたことである。このソフトは、描画、画像処理からグラフ作成まで、さまざまな用途があり、私が最も愛用しているソフトの1つであった。今後は、アスキー・サムシンググッドで面倒をみてくれるらしいが、あんなに便利なソフトがなぜ売れなかったのか、不思議でしようがない。明らかに宣伝不足か、フリーソフトに押されたせいか、あるいは技術者が大量に引き抜かれたせいか、まことに残念でだ。私が困ったのは、CD-ROM版をインストールしただけでは、エプソンのスキャナGT9500から画像が読みとれないことである。これは確か、ドライバかdllか何かにバグがあったためだったと記憶している。以前、Zeitからその対処法をFAXで教えてもらったのだが、すっかり忘れてしまった。どなたか、ご存じの方がおられたら、ぜひ長谷川まで御教示いただければ幸いです。エプソンのほうからtwainドライバ等は最新のものをDLしてインストールしたのですが、スキャナ32bitの設定では、同じようなエラーが出てしまいます。
 さて、パソコンの故障で、しばらくEメイルに目を通すことができなかったが、この期間に、毎日のように、「ネズミ講メイル」が届いていたことがわかった。
 これらのメイルはいずれも、匿名で発信されており、
親愛なる皆様へ
突然のメールにて大変失礼いたします。
この"MULTI LEVEL MARKETING"プログラムは少額の投資で驚くべき収益をあげる
インターネットビジネスです。2-3分お時間を頂ければ幸いです。
Anyone who wants the English version, contact the sender of this mail.
-----------------------------------------------------------
ここに書かれている方法に従えばだれでも合法的に90日以内に$50,000(\6,000,000)の収益を確実にあげることが可能です。「そんな馬鹿な」とこのメールをごみ箱に捨ててしまわれる前に、2〜3分のお時間をお取りいただき以下の゛Program″に目をお通し下さい。
という書き出しで始まっている。
 なんやかんやと、長文が続くが、要するに、新規参加者が、親ネズミ、祖父ネズミ、曾祖父ネズミなどに送金をするネズミ講の一種ではないか。こういうメイルのあることは、だいぶ昔にも新聞やネットニュース等で聞いたことがあるが(2月6日のスクラップブックに関連記事がある)、私が受け取ったのは今回が初めてである。
 今後、日記猿人参加者のEメイルアドレス一覧が悪用される恐れもあるので、ここであえて御注意を呼びかけておきたいと思う。
 私は、セールスなどのEメイルを受け取った場合は、英文の抗議文をつけ、全文をヘッダごとコピーして発信人に送り返すことにしている。ところが、今回のメイルの発信人は、 などとなっており、抗議文を送りつけても宛先不明で戻ってきてしまう。
 もともとEメイルのアドレスとホームページのアドレスは似ていることがあるので、試しに、“www.mlm.com”というURLで開いてみると、胡散臭そうな画面が出てきた。なになに...“E-mail Aliases”....そうか、こういうサービスを悪用して、脅迫や嫌がらせのメイルを送るヤツがいるのか...。“mlm.co.jp”のほうは未だ調べていないが、同じような商売をやっているところかもしれない。

 ところで、このネズミ講だが、
MARKETING"プログラムが現在マスコミで騒がれている「チェーンレター」の類ではなく完全に合法的なものであることを理解し「ならばやってみよう」と決めたわけです。
などと、各所で「合法的」であることが強調されている。ならば何でコソコソと匿名で発信しなければならないのだ。
 合法的ならば、送金の宛先も正々堂々と自分の住所・本名を名乗ればよいものを、
などと、架空の会社のでっち上げや、私書箱、局留の利用を進めている。ここにも後ろめたさが感じられる。
 滑稽なのは、
"MULTI LEVEL MARKETING"プログラムはここに至って社会全般の信頼を得たと言えます。なぜなら、このマーケティング理論はハーバードビジネススクールで正式な教科として教えられ、またスタンフォードリサーチやウォールストリートジャーナルでも、1990年代中盤から後半にかけて、商品やサービスの50〜65%はこのマーケティング手法を用いて販売されると公式の見解を述べているからです。さらに、アメリカでミリオネアー(億万長者)と呼ばれる50万人のうち20%にあたる10万人の方々は"MULTI LEVEL MARKETING"プログラムで成功されましたし、これも統計から得られた数字ですが、このプログラムを通して毎日45人のミリオネアー(億万長者)が誕生しているのです。
こんなアホな「プログラム」を、ハーバードビジネススクールが教えるはずがあるだろうか。あるとしたら、悪徳詐欺商法の一例として紹介したまでだろう。
 そもそも、ネズミ講などというものの矛盾は、電卓をちょいと叩いてみればすぐにわかるはずだ。上述の10万人の億万長者を5ドルの送金だけで誕生させるためには100万ドル×10万人÷5=200億人もの人が必要になる。世界の人口は、2020年頃になってやっと100億人(それも赤ちゃんを含めて)を超えるだろうと言われており、200億人という数字だけで、ウソであることは明白だ。
 詐欺商法にひっかかるのは、だまされた側にも責任があるなどと言われる。確かに、Eメイルのやりとりができるのは知的レベルの高い人たちばかりだから、こういう商法で損をしても自業自得、高い授業料を払ったと言ってしまってよいかもしれない。ただし、数字に弱い善意の人まで巻き込む恐れがあるので、ある程度は法律で規制せざるを得ないのだろう。
 しかし、絶対にやめてもらいたいのは、匿名で大量にEメイルを送りつけることだ。不正や陰謀についての内部告発に匿名メイルを利用することは許されるとしても、自分の金儲けのための利用に匿名を使うとは卑怯千万だ。メイルサーバにも負担をかける。回線も混雑させる。

 仕事柄、「愚かな」という形容詞はなるべく使いたくないが、ちょっと頭を冷やして考えてみれば、何も生産しないネズミ講から莫大な収入が生まれるはずがない。閉じた空間の中でお金が移動するだけのことだから、損をする人がいて初めて儲かる人が出てくる。その仕組みを理解できずにシコシコとアドレス帳を作る人の行為を「愚かな」と形容したまでのことである。また、合法的だと言いながら、匿名アドレスや局留を使う行為を「卑怯な」と形容したまでのことだ。「卑怯で愚かな匿名のネズミ講メイル」というタイトルは多少不適切な表現かも知れなかったが、ご理解いただきたい。
 なお、私は、これまでに受け取った匿名メイルを詳細なヘッダごとすべて保管している。今後もあまり頻繁に匿名メイルが来るようであれば、何らかの形で、送金先やヘッダの公表も辞さないつもりである。匿名で送ってきた以上、メイルの本文や、そこに書かれてある名前、アドレス等をどのように公表しようと、文句は言えないはずである。もちろん、この胡散臭い商売に対してどこかで告発があったり、マスコミ関係者や警察が調査に乗り出すようであれば、これまでに送りつけられてきた匿名メイルのあらゆる情報を提供するつもりだ。
 ※メイルの送信者の中には初心者もいるらしく、大量の宛先をTo:行に書き込んでいて、誰に出したのかが、マルわかりになっているものもあった。これらを元に、どこから宛先アドレスを入手したのかも、解明していきたいと思う。

970825(月)
[電脳]パソコン復旧作業でおもふこと
 パソコンのシステムディスクが壊れ、お盆休みによるメーカーの休業などもあって、8/8以来、不便な思いをしてきたが、ようやく、内蔵ハードディスクの交換ということで、決着することになった。
 このトラブルの原因は、未だにわからない。WindowsPlusのシステムエージェントで、自動的にデフラグを実行中に、ドライブを読めない事故が発生し、スキャンディスクを実行したところハングしてしまい、そのまま2度と立ち上がらなくなったというのが、経緯である。その後、復旧を諦めて、システムディスク自体の再フォーマットを試みたが、この時点でも「修復しています」というメッセージが次々と現れるうちに凍ってしまった。
 直接の操作ミスがなく、物理的な衝撃も加えていないのにこういうことが起こったのは初めてであり、ひょっとしてウィルスの被害かと思ってみたりする。
 メーカーのほうにもウィルスの疑いを尋ねてみたが、先方としては、とにかく点検に時間をかけるよりはハードディスクを取り替えてしまったほうがコストが安くつくと判断したらしく、原因までは究明してくれなかった(そのかわり、ディスクそのものは無料で、メンテ費用が12000円とか言っていた)。
 今回、幸いであったのは、論文やデータなど、個人的な財産はすべて100MBのZipディスク数枚に保管していたことである。このため、他のパソコンからでも容易に読み書きをすることができた。また、ワープロソフトのユーザー辞書や、カスタマイズ情報を保存したファイルを、アプリケーション別に保管してあったので、再インストール後も、昔のままの環境で使うことができた。
 いちばん困ったのは、インターネットからダウンロードして使っていたソフトである。例えばFTPソフトなどは、バックアップをとっていなかったので、「窓の杜」から再度DLする羽目になった。これをDLしても、zip解凍用のソフトを別にDLしなければならない。これも二度手間になった。ネスケとEメイルソフトだけは、以前にDLした時の解凍前のプログラムが保管されていたので助かった。
 もうひとつ、まだ完了していないが、インターネットからバージョンアップなどの差分ファイルをDLして使っていたソフトが何本かある。これはバックアップをとっていなかったので、再度DLし直す必要がある。平日は、回線混雑のため殆どアクセスできず、今度の土日を待つしかしようがない。
※外付けハードディスクには、いちおうシステムディスクの丸ごとバックアップをとっていたのだが、ウィルスがこわかったので、あえて戻さなかった。
 以上、教訓としては 以上、参考になれば幸いです。

970824(日)
[芸術]ムンク
 NHK教育の「新日曜美術館」でムンクをとりあげていた。これは今年4月頃の再放送ということなので、たぶん、その頃に、何人かの方がこの番組についての感想を書かれているのではないかと思うが、私自身は、今回はじめて視た。番組から学んだことをまとめると、だいたい次のようになる。
聞き間違いがなければ、だいたいこういう内容ではなかったかと思う。
 ムンクの『叫び』の絵には、多くの人をひきつけるものがある(そう言えば、この絵を動画GIF化して日記に張り付けておられる人がいた)。ただ、自分が叫んでいる絵であると思っている人は結構多いようだし、また、81歳まで長生きしたことについても、意外と知られていないように思う。精神病院でどういう療法を受けたのか、退院後の生活がどういうものであったのか、いろいろ調べてみる必要がありそうだ。
 尤も、偉大な作品は、作者から離れて、作品そのものとして独り歩きするものだ。上にはいろいろ書いたものの、観る側が別の受け止め方をするのは自由である。そういう意味では、登場人物自身が叫んでいる絵であると解釈したうえで自室に飾るのもまた自由であろう。
 もうひとつ、番組では、『叫び』の絵を左右逆にする実験をやっていた。欧米では、左から右に文字を書くので、右下がりの構図は「落ちていく」印象を与えるとの解釈だったが、この解釈にはもう少し根拠が必要だ。例えば、この解釈が正しいとすると、イスラエルとかアラブ各国のように、文字を右から左に書く民族では、『叫び』は左右逆にしたほうがインパクトが強いということになるがどうだろうか。この方面にご在住の方がおられたら、ぜひ実験していただきたいと思う。
<補足>ムンクの絵を日記に張りつけている方がおられると書いたが、8/25朝に調べてみたところ、よく似た絵を張りつけているこの方の日記についての私の記憶の変容であった。


970823(土)
[自然]静かな海を守ろう

 さいきんやたら理屈っぽくなってきた子どもたちであるが、昨日、井手ヶ浜海水浴場(羽合と白兎のあいだにある海水浴場)で見せた笑顔は、純真そのものだった。この海水浴場は、西側に岬があって、海岸の西側は殆ど波がない半面、中央から東側にかけては1-2mの白波が次々と押し寄せていた。西側の岩場で水中眼鏡をつかって魚を眺めたあと、海岸中央のほうで波乗り遊びをする。波乗りといっても、波が押し寄せてくるたびにジャンプするだけの単純な遊びだったが、押し寄せる波の高さや間隔がいろいろに変化することがあって、結構スリルがあり、2時間以上、これに興じていた。ファミコン、バーチャル体験、加速度の変化を楽しむ遊具など、いまの子どもは人工的な遊具に囲まれて生活しているが、やはり、自然とのふれあいに優る遊びはない。まったく金を使わないので、地元の活性化には何の効果もないが、こういう静かな海をいつまでも守っていただくよう、切にお願いしたい次第である。

 ところで、先日訪れた島根半島の北浦、今回訪れた日御碕とこの井手ヶ浜に共通して言えることだが、このあたりでは、水上バイクの騒音がひとつも聞こえず意外に感じた。波が荒いせいか、都会から離れすぎているせいだろうか。
 瀬戸内海のほうの海水浴場では、この時期、やたら騒がしいのが水上バイクである。どこへ行っても、海に近づくとこの騒音が聞こえてくる。海水浴場では、ロープなどを張って、その内側は水上バイクが入らないように規制しているが、騒音までは規制していない。海開きの期間外では、もはや無法地帯となる。以前、6月にオリーブの花を見に行った帰りに牛窓の海水浴場に立ち寄ったことがあったが、数台の水上バイクがけたたましく駆けめぐっていた。居合わせた家族連れもアベックも、静かに波の音を楽しむわけにはいかず、不満の声も聞かれた。
 多様な価値観を許容するという立場から言えば、水上バイクで遊ぶ人たちにもそれなりの権利はある。しかしそれを認めると、静かな海で波の音を楽しみながら物思いにふける権利が奪われる。
 これら2つの権利は決して対等ではない。譲り合いで解決すべきものでもない。もともと静かであったところに進入して、自分たちだけの楽しみのために環境全体をぶち壊す前者の人々の権利は制限されて当然であろうと思う。仮に、その海岸に水上バイク愛好者が99人集まったとしても、静かな海を楽しみたい人が1人でもいれば、水上バイクの使用は控えるべきである(これは、喫煙者が公共の場でタバコを吸う場合も同様である)。
 曲名は忘れてしまったが「いまは、もう秋。誰もいない海...」という歌があった。リラクセーションとか癒しとか言うが、静かな海岸こそ最高の癒しの場所である。一部の人たちの自分たちだけの楽しみのために、その環境がぶちこわされるのは許せない。どうしても楽しみたいという人たちは、どこかの無人島に専用の遊戯施設でも作って、その区域内で思う存分楽しんでいただきたいものである。

 ついでながら、自分勝手な騒音が環境を台無しするケースは他にもある。以前、吉備路の備中国分寺にレンゲの花を見に行った時には、芝生の上で大音響をたててカラオケ大会をやっているグループがあった。彼ら自身は、自分たちが楽しいことは周囲の人たちも楽しいだろうと思っているのだろうが、このあたりちょっと耳をすませばヒバリの高啼きが聞こえる。この、のどかな田園風景をぶち壊しているのが自分たちであるということには気づいていないのだろうか。
 とつぜん季節が冬になってしまうが、スキー場での場違いの音楽も耳障りでしようがない。遭難防止の目的もあるのかもしれないが、同じような音楽ばかり繰り返されるのには閉口する。


970822(金)
[生活]2泊3日の小旅行、これで夏は終わった
 夏休み2回目の家族旅行として、岡山県北の神郷町から出雲方面、大山、羽合海岸方面をまわってきた。滞在型の休養を予定していたが、結局、移動距離530km余りの観光旅行になってしまった。今年の夏は、7月末からの旅行と、今回の旅行で、あわせて4泊分だけ。これで、私の夏は終わった。私が「ああ、夏が終わった。空しいものだ。」と呟くと、妻が「このクソ暑いのに何が終わったのよ。そんなこと言うなら、大学の(研究室)のクーラーも切りなさいよ」と言う。確かに、まだ残暑は続いている。避暑帰りの暑さは特に堪えるものだ。以下は、私的記録。


970819(水)
[日記]日記を書くこと読むこと(14)カイシャの人に読まれる日記
 きのうの日記で、家族に「もののけ姫」の感想を聞いたことを書いたが、夜、枕元に『「もののけ姫」を読み解く』(コミックボックスジュニア8月号増刊)という本があるのを発見した。昼に買ってきたということなので、どうやら、私のインタビューに備えて勉強しようということらしい。
 もうひとつ、息子がどこかから仕入れてきた情報だが、宮崎駿監督の映画は、タイトルに、ひらがなの「の」が含まれる作品が多いそうだ。私はアニメ映画には詳しくないが、上掲の本の資料によれば、代表作の「風の谷のナウシカ'84」、「天空の城ラピュタ'86」、「となりのトトロ'88」、「魔女の宅急便'89」、「紅の豚'92」などには「の」が含まれていることは確かだ。しかし、宮崎氏は、場面設定、画面構成、原画、脚本、監督など、いろんな立場でアニメ作品に関わっておられるので、「の」仮説がどこまで妥当なものかは判断できない。高畑・宮崎作品研究所というところに詳細なデータがあるそうなので、いずれ参照してみたいと思う。どなたか、その真相と理由とご存じの方がおられたら、長谷川まで教えていただければ幸いです。

 8/20の昼前から2泊3日で、岡山県北の神郷町と、鳥取県の大山に行く予定である。だいぶ古くなってしまったが、7月末に集めたデータで未公表のものがあったので、出かける前に掲げておきたいと思う。
 きょうのデータは、どういう日記が、カイシャや大学から読まれやすいか、ということを比較したものである。すでに示したデータと同様で、ここに掲げた日記は、7/30までの月間得票が比較的多い日記、私が読む日記、よく話題にされる日記などが含まれている。現時点では、執筆を中断されている日記や、ランキングから離脱された日記も含まれているが、ここでは、あえて除外しなかった。
 この比率のもとになるデータは、個々の日記の得票情報である。ここから投票者の人数と、ドメイン名(from**の部分は省いてある)をもとに、エディタで機械的に算出した。なお、ここでお断りしておきたいのは、カイシャから読まれる場合でも、投票者が私用のメイルアドレスを使っていれば「co.jp」にはならない。大学から読まれる場合の「ac.jp」も同様である。

カイシャの人に読まれる日記

投票者のドメインに「co.jp」、「ac.jp」が占める割合
7/30までの得票数co.jpの比率ac.jpの比率日記名co.jp数ac.jp数投票者総数
1038.164.055MADE IN JAPAN!..._24__8146
872.164.031たえの徒然日記_21__4128
793.136.049コンピュータ室運営日誌_14__5103
763.216.056とほほ日記_35__9162
674.128.038ずくなし日記_10__3_78
661.111.042思うこと_13__5117
590.177.043わかば日記_25__6141
571.130.003れすッ!_13__3100
476.164.059家族の出来事_11__4_67
472.161.043ちゃろん日記(仮)_15__4_93
447.255.019ヒラリーマン随筆日記_27__2106
401.222.042しんつま日記_16__3_72
384.152.045パパほど素敵な..._10__3_66
344.113.032BOWDO__7__2_62
312.131.049日ごとに記す__5__3_61
312.107.040D-Point__8__3_75
281.208.063日々是平穏_10__3_48
279.102.051じぶん更新日記__6__3_59
268.088.029今日の私の行動__3__1_34
193.203.063BOWNOW_13__4_64
123.162.027スクラップブック__6__1_37

 
 この表を見ると、カイシャから読まれやすい日記は、「ヒラリーマン随筆日記.255」、「しんつま日記.222」、「とほほ日記.216」、「日々是平穏.208」、「BOWNOW.203」の順となっており、ac.jp率が2割を超えたのは、この表にあげた日記の中ではこの5本だけである。このなかでは、やはりヒラリーマンさんが強い。面目躍如といったところだろう。
 カイシャから読まれやすいということは、休日には得票が減ることを意味する。じっさい、「しんつま日記」や「とほほ日記」などは、休日の得票が少な目になっている(8/7の記事参照。但し、「ヒラリーマン日記」等は、調査期間中に更新のない時期が多かったので、8/7データには含めていない)。だたし、「ちゃろん日記(仮)」や「家族の出来事」のように、co.jp率が低くても、平日によく読まれる日記もある。
 反対に「co.jp」率が少ない日記は、「今日の私の行動.088」、「じぶん更新日記.102」、「D-Point.107」といった順である。8/13記事によれば、「今日の私の行動」は、固定読者比率が高い。たまたま、その愛読者の中に「co.jp」が少なかったということなのかもしれない。「じぶん更新」や「D-Point」が少ないのは、なぜかなあ。
 最後に、「ac.jp」の比率は、おおむね5%以下で、比較をするほどではなかった。「ac.jp」からは、もっと読まれていると思うが、読むとしても図書館とか、実習室のような所からしか読めないため、クッキーの関係でハードディスクに何かが書き込まれてしまうのはヤバイと考える人多く、日記を読んでも投票者登録ができないのではないかと思われる。(独自のボタンを押してもらって、「空メイル」を送ってシステムも同様だと思う。共用のパソコンでは、ブラウザに勝手に学生のアドレスを書き込むことはできないはずだから、何もボタンを押さない人が多いのではないかと推測される。
 どなたか、アクセスログが参照できる所に日記をアップしている方がおられたら、co.jpとac.jpがそれぞれどのぐらいの比率を占めているか、教えていただければ幸いである。
 7月末に収集したデータの公開は以上で終わる。じつは、行動分析学的視点からみれば、日記間の相対比較は「日記を書く」ことの原因や意義の発見にはあまり意味を持たない。前にも書いたが、ロビンソンクルーソーでも日記は書いた。ロビンソンクルーソーがなぜ日記を書くかということと「私がなぜ日記を書くか」ということは、ほんらい同じ方法論で解明できるはずである。
 とはいえ、相対比較の中から、自分の日記の特徴を知ることも全く無意味ではないように思う。特にWeb日記を書く以上は、読者とのインタラクションは重要な強化因になる(中には「絶対に来ないで下さい」という1行コメントを載せている人もいるが...)。 それゆえ、じぶんの日記の読者にどういう人が多いのかを客観的に把握することは大切である。
 「読んだよ」ボタンのランキングは不要だという人もいる。確かに、ランキングの上位に位置することだけを生きがいに日記を書くのは空しいものだ(まあ、それも個人の価値観だから否定はしないが)。ただ、順位が上がった下がったとか、得票が増えた減ったということ以外に、ここからいろいろな貴重な情報が得られるのである。いちど離脱した方も、こういうさまざまな活用法にご理解いただき、ぜひ「読んだよボタン」を復活させていただきたいと思っている。
ランキング一覧には表示しないが、読んだよボタンだけは設置して、その日記だけの得票状況を知ることができるようなシステムがあると、もっと参加しやすいのではないかと、ふと思った。


970818(月)
[生活]初めて妻に日記猿人を見せる
 ふだん家まで帰って昼食をとっているのだが、冷蔵庫の中に何もないということで、帰省から戻ったばかりの家族と一緒に外食することになった。
 途中、インターネットへの接続が可能なパソコンが設置してある所がある。ちょうど空いていたので、私のホームページから日記猿人に移動し、「今日の得票数リスト」の画面を見せた。
ええと、私がWeb日記を書くことについての妻の見解は、こちらにある。

 8月16日のスクラップブックに「もののけ姫」のことを書いたので、食事をしながら、さっそく、家族にインタビューする。
ということで、残念ながら「もののけ姫」の感想は聞き出せなかった。

 夜は、旭川の花火大会があった。もともと7月に予定されていたものだったと思うが、台風の影響などで2度も延期され、この夜の実施となった。家族全員で自転車に乗って、なるべく近いところをめざす。けっきょく、岡山城の南向きの石垣の上から眺めることにした。築城400年記念の花火大会ということだったが、まさにその岡山城内から眺められたのはラッキーだった。
 花火大会と言えば、結婚した頃に眺めた愛知県犬山市の木曽川や、岐阜の長良川の花火大会が頭に浮かぶが、そのうち、6月11日の日記で書いた「ビハーラ病棟」のことを思い出し、長岡では相変わらず、花火を心待ちにしている患者さんがいるのかなあと、ちょっぴり複雑な気持ちになった。

970817(日)
[生活]台所でおもふこと
 里帰りしていた家族が21時頃に帰ってきて単身生活も終わった。私は、結婚した当初はオーバードクターだったので、近所の民生委員から「無職証明」をもらって妻に扶養されていた。その負い目もあって、炊事・洗濯、掃除など、それなりに家事を手伝っていた。その後、職を得てからはだんだん亭主関白になったが、それでも皿洗いぐらいはたまにやっていた。ところが、昨年、妻の強い要望で、皿洗い機を取り付けた。結果的に皿洗いをする必要がなくなり、台所には殆ど出入りをしなくなってしまった。久しぶりに台所で自炊などしてみると、いろいろ、おもふことがある。
 まず、皿洗いだが、結論から言えば、台所洗剤なんていらない。私は、いま述べた「皿洗い機」の使い方を知らないので、全部手で洗ったが、1週間ぜんぶ水とスポンジたわしだけで洗った。多少油がついていたが、食べる前にもういちど皿を洗えば済むことで、あまり気にならない。洗剤は2週間に一度ぐらい使えば充分だ、というのが第一の感想だ。
 次に、冷蔵庫。主婦の性格を知りたかったら、その家の冷蔵庫をのぞいてみることというのが私の持論だが、「冷蔵庫の心理」などという本を書いたら、奥様連中から総すかんをくうことだろう。で、我が家の冷蔵庫はどうか、ということになるが、これはちょっとWeb日記では公表できそうもない。1つ言えることは、150リットルの冷凍室が満杯になっているということだ。これだけあれば、大飢饉になっても半月は食いつなげる。そのかわり丸一日停電になれば、全部無駄になってしまう。
 冷凍室の中身をここで公表するわけにはいかないが、私の目からみれば、何日間も家庭で冷凍保存しておく必然性は殆ど感じられないものばかりだ。たぶん、スーパーの割引セールにつられて、買いだめし、冷凍室に詰め込んでいるうちに、何を買ったか忘れてしまったものが多いのではないかと思う。

 ここでまた昔話になってしまうが、私が子どもの頃は、「冷蔵庫」というのは、金庫のような形をしていて、最上部に氷屋さんから買った氷のブロックを置いて低温を保つ箱のことを言った。いまある「冷蔵庫」は、当初は、「電気冷蔵庫」と、ちゃんと「電気」をつけて呼ばれていた。
 で、冷蔵庫がないとどういう生活になるか。まず、牛乳は、朝いちばんに配達してもらう。だから、明け方は、牛乳瓶をいっぱい乗せた牛乳配達の自転車がコトコトと音を立てながら、各家を回る。たまに、「あっさりー、しんじみー」というような大きい声をあげて、その日の朝に採れた貝を売りに来る人もいた。
 商店街(私の実家が利用していたのは、世田谷の松陰神社前か若林の商店街)は、夕方になると、大混雑になる。いまと違って、夕飯に食べる肉や魚は、必ずその日の夕刻に買うのだ。子どもが「お使い」に行かされる頻度も遙かに多かったと思う。その他、肉屋さんが「御用聞き」に来たり、日暮れになると、豆腐屋さんのラッパの音がひびいた。
 作った料理は、その日のうちに食べきる。作りすぎたものを何でも冷蔵庫に入れるというわけにはいかない。それだけ、炊事の計画性が要求される。
 まあ、こういう昔話をしても時代は元に戻らないけれど、たまに松陰神社界隈を歩いてみても、昔ほどの活気は見られない。奥さん連中があちこちで立ち話をしている風景もあまり見かけないように思う(まさか、代わりに日記を書いているわけでも...)。

 家庭の電気代の1/3は、冷蔵庫の電気代だと聞いたことがある。いろんな電器製品が増えているので、この比率は今では下がっているのかもしれないが、いずれにせよ、もう少し冷蔵庫に頼らない生活ができないものか。家庭からの排水や、ラップやポリ袋の問題が取りざたされているけれども、各家庭が冷蔵庫を最小限のものにし、ドアを開ける回数を減らせば、ずいぶんとエネルギーの節約になるのではないかと思える。
 そのためにはどうすればよいのか。冷凍食品以外の加工品を利用する手もあるが、食べ物の基本は新鮮でなければならない。基本は、旬のものを、少量購入して、夏ならその日のうちに、冬でも翌日までに食べきることが大切だろう。実は、これはお店の側にも配慮してもらいたいことだ。私のアパートの近くには、肉を100gだけで売ってくれる肉屋さんも、威勢の良い魚屋さんもない。スーパーでは、200-300g単位でパックされている。これではいくら上記のような演説をしても、残り物を冷蔵庫に入れておくしかない。東京にはあるらしいが、単身者用の、1回で食べきれる量の肉や魚や総菜などがあると有り難い。
 冷蔵庫に頼らない食生活というと、エネルギー節約のための、何か我慢を強いるような生活を主張しているようにとられそうだが、発想を変えれば、その日に、旬の材料を使っていちばん食べたいものを食べる生活ということでもあり、また残り物を繰り返し食べさせられることのない贅沢な生活でもある。料理の手間を知らない者の戯言かも知れないが、何かの参考にしていただければ幸いである。
本日の単身生活メニュー(本日最終日)。【上の主張に反して、冷蔵庫に頼り切ったメニューだ。】


970816(土)
[教育]漢字は素晴らしい
きょうはオホーツク海高気圧に覆われ、快晴の割にさわやかな一日だった。オヤヂ狩り日記(8/15)の洗礼を受けたこともあり、ホッとした気分だ。昼には畳4枚をベランダでたっぷりと干した。布団カバーも敷き布団の分を含めてみんな洗い直した。明日は家族も帰ってくる。
もう秋だなあ....(何のこっちゃ)。
 で、例の日記猿人関連では、もう1つだけ公表したいデータがあるのだが、パソコンが壊れているためになかなか進まない。明日以降に順延させていただくことにしたい。

 きょうの夜のTV番組『平成教育委員会』で、“終戦記念スペシャル”をやっていた。ミズリー号に黒船の旗が掲げられていたとか、新憲法を普及するための“憲法音頭”とかいう踊りがあったとか、面白い話題を紹介していた。その中でショックだったのは、日本国憲法の三原則(主権在民、戦争放棄、基本的人権の尊重)を正しく答えられた解答者が、女性アナ5人中1名、番組の解答者12名中わずか1名だけだったことである。もっとも見方を変えれば、それだけ定着し、当たり前すぎて忘れ去られたとも考えられる。堯や舜の伝説か何かにあったと思うが、古代中国では、為政者の善政が褒め称えられる国家より、為政者が誰なのか、何をしているのか、わからない国家のほうが良しとされていたと聞く。憲法を褒め称えながら生活するよりは、その内容すら意識せずに平穏に生活できる国家のほうが優れているのかもしれない。いずれにせよ、先日も指摘したが、「憲法を知らない人が多いから改憲しよう」という世論誘導は止めてもらいたいものだ。

 もうひとつ、GHQによって危うく廃止されそうになったものとして漢字をとりあげていた。前置きが長くなったが、きょうは漢字のことを考えてみたいと思う。
 まず、日本語から漢字をなくせるかという問題。純粋な大和言葉だけで話したり書いたりするならば問題なかろうが、漢語が入る限り、漢字なしの日本語は成り立たない。同音異義語がたくさん出てくるからである。よく例に挙げられる「シンダイシャタノム」はATOKでは一発で「寝台車頼む」と変換されるが「死んだ。医者頼む」かもしれない。、「いいいいいなあ」、「niwaniwaniwaniwatorigairu」というひらがなやローマ字の表記も、「庭には二羽鶏がいる」、「いい胃、いいなあ」と書かなければ意味がつかめにくい。漢字はどうしても必要だ。

 ところで、漢字はふつう小学校に入ってから、少しずつ、原則として画数の少ないものから教えられる。しかし、「漢字熟語を読む」ということに関しては、こういう教え方でよいのか、特に幼少時に「ひらがな」だけで読み書きさせることがよいのかどうか、はなはだ疑わしい。
 実は私自身、息子が2歳の時に、身の回りのものを漢字表記、ひらがな表記で2種類のカードに書き、どちらが覚えやすいか訓練・テストしたことがある(これで3つほど論文を書いた)。その結果は、読みの正解率や保持率(しばらくたってどれだけ覚えているか)は、いずれも漢字表記のほうがよいということがわかった。その後、長崎に居た頃に、自閉症児にパソコンを使って漢字を教える訓練をやったことがある。ここでも、被験児童は、次々と身の回りの漢字熟語の読みを覚えていったのである。
 幼稚園から小学校にかけての国語教育の中では、いまだに、まずひらがな、次にカタカナ、そして漢字という順で文字教育を行っているが、これが最適であることを示した研究はない【上記のGHQがらみの話題で言えば、戦前の「漢字・カタカナ」表記が「漢字・ひらがな」表記に変えられたことにも、学術的には何の正当性も証明されていないのである】。実社会では決して出てこないような、そして、親でもよみにくいような、ひらがなonlyの絵本を子どもに押しつけることにどれだけの意味があるのか、再考が必要である。

 文字教育の導入方法の話題は別として、漢字は、ボケや疾病による記憶障害の軽減にも役立ち、さらに記憶術にも活用できる。
岡山では毎週土曜日の昼に『炎のチャレンジャー』の再放送があるが、きょうはたまたま『ドラマ名場面演じきったら100万円 遠山の金さん編』で見事100万円を獲得する場面を放映していた。どうやって台本を覚えたのかという質問に、WinnerのS氏(48歳)は「台本のこのへんに漢字がいっぱいあり、このへんにはひらがなが多い、ということを絵として覚えた」と答えていたが、漢字がなかったらこういう記憶はできなかったに違いない。

 日本語ワープロソフトが開発されていく過程では、漢字表記と変換が大きな障壁であったという。実際、戦後間もない時期には、漢字があると気軽にタイプライターが使えないという理由で、ひらがなの分かち書き運動を実践した人々がいた。しかし、いま、効率がよく速度の速い漢字変換機能が出現することによって、英語などアルファベットだけで表記されるワープロより、漢字変換機能のあるワープロのほうが優越する可能性が出てきた。たとえば、私は、この日記をエディタで作成しているが、よく使うタグを漢字として登録してある。そこで、段落の下に横線を一本引く必要があった時には、「b」と打ち込んで<BR>に変換、「h」と打ち込んで<HR>に変換と続けて変換するだけで、 <BR><HR> というタグを作成することができるのである。英文字しか入力できないワープロでは、こういうことはできない。そこで「アイコンをクリックする」というような操作で、その代わりをさせることになる。
 米国生まれのOSは、英語を母国語とするユーザー本位で開発されたものである。そこで、いま述べたように、アイコンにさまざまな機能をもたせるインタフェースが生まれた。しかし、漢字変換ができる日本語のOSだったら、漢字変換機能を利用してもっといろんなことができるはずだ。すでに実現しているが、地名を入れて漢字変換すると郵便番号が出てくるとか、日本語と英語の双方向の変換機能もそのひとつであろう。ユーザー個人としても、その気になれば、辞書登録機能を活用して、名前を入れたら電話番号が出てくる機能だって作れる。電話番号ではなく、日記のURLだって登録できる。今後、マクロ機能のようなものも、特殊な文字列の漢字変換から実行できるようになると更にいいなあと思う。
 少々長くなったが、とにかく漢字は素晴らしい。今後、漢字変換機能をふんだんに取り入れたインタフェースを取り入れてもらいたい、というのが本日の結論である。
最後に8月14日の記事について、日記通の方からメイルをいただいた。それによれば、あの記事で、同じペンネームの日記作者が複数おられると述べたが、じつは同じ日記作者であるということだ。なお、この方のペンネームのスペリングも誤っていたので合わせて訂正させていただく。
もうひとつ、一風変わった同一名の日記も、古いほうは現在では「ファイル存在せず」の表示が出るが、じつは新日記と全く同一の日記であったということだ。
 今後、該当日記に直接あたる努力を惜しまないようにしたいと反省している。
本日の単身生活メニュー


970815(金)
[生活]まぼろしの市街戦
 きょうは終戦記念日だった。私はもちろん戦後生まれだが、私が子どもの頃には、白い服を着た傷痍軍人が歩道上で膝をついたりアコーディオンをひきながら義援金を求めているのを、渋谷の駅前でよく見かけたものである。あの当時は、また、靴磨きがハチ公前から西口広場付近にたくさん店を並べていた。
そう言えば、今の人はどこで靴磨きをするのだろう。しかしよく考えてみると、あの当時は、路地裏はまだ舗装されていなかったので、世田谷くんだりから都心に通勤する人たちの靴は、たいがい泥だらけになる。これをきれいにしてから会社に行くというう需要があったからこそ、靴磨きの商売が成り立ったのだろう。このほか、世田谷の実家の周辺には防空壕のあとが残っていて、こっそり探検したこともあった。ボンネットバスや玉電が走り、山手線(当時は「省線」とも呼ばれていた)には、ぶどう色だったか焦げ茶色だったか忘れたが地味な色の電車が走り、東急デパートの新館(今のJR渋谷駅の真上、当時は「東横デパート」と呼んでいた)や五島プラネタリウムができるまえのことであった。

 ちょうど原稿を書き上げたところでもあり(本当は、「本日必着」だったらしいが)、家族が里帰り中でもあり、久しぶりにビデオでも見ようかと本棚を探してみたら、終戦の日にふさわしいものが見つかった。『まぼろしの市街戦』。1967年の仏・英合作で、原作のタイトルは『LE ROI DU COEUR(King of hearts)』となっている。

 この映画は、1918年、ドイツの占領からの解放が間近い北フランスの、ある町が舞台になっている。その町を撤退するドイツ軍は、フランス軍を応援するイギリス軍が町に入り込んだときを狙って町もろとも爆破しようと、時限爆弾を仕掛けた。住人たちは、その情報を事前に察知して、一人残らず町から逃げ出してしまう。町外れの精神病院にいた患者たちだけが取り残される。
 不完全情報ながら時限爆弾が仕掛けられていることを知ったイギリス軍の指揮官は、進攻をやめ、主人公である一人の兵士をこの町に斥候に出す。ところが兵士が町に来てみると、「住人たち」は皆、思い思いに着飾ってダンスなどを楽しみ、お祭りムードにひたっていた。じつは、これは、町のほんとうの住人たちではなく、精神病院から抜け出してきた患者たちが作り上げた、つかぬまの楽園なのであった。兵士は、ここで患者たちから、町の王様(King of hearts)に仕立て上げられてしまう。
 その後、...(結末を知りたい方は、このあとをなぞってみてください)
この兵士のとっさの機転で、時限爆弾のセットが解除される。町は、これを祝ってさらにお祭りムードが盛り上がる。そこに、進攻してきたイギリス軍部隊と、お祭りのために患者たちが打ち上げた花火を爆破成功と勘違いして様子を見に戻ってきたドイツ軍部隊が町の中で鉢合わせになる。両部隊は向かい合って、互いに撃ち合い、全員死んでしまう。主人公の兵士だけが患者たちと共に生き残る。
 まもなく、フランス本国部隊がやってきてこの町は完全に解放される。すると、患者たちは、急にはしゃぎ廻るのを止め、何事もなかったかのように、精神病院に戻っていく。
 いっぽう主人公の兵士は、爆破阻止の功績を称えられて勲章を受け、次の前線に向かうように指示を与えられる。しかし彼は、直後にジープから抜け出す。装備や軍服をすべて脱ぎ捨て、全裸になって、この精神病院の門を叩くのであった...。

 映画の要約は苦手だが、概略は分かっていただけたと思う。ビデオが市販されているかどうかは、私にはわからない。たぶん衛星放送で放映されることがあるはずなので、気長に待って、ぜひ観ていただきたい作品だ。
 この映画に描かれていた当時の「正気」の人たちは、精神病の患者たちを病院に閉じこめ、自分たちは撃ち合いをやってたくさんの人たちを殺した。いっぽう「狂気」の人たちは、戦いを好まず平和を愛し、みな思い思いの夢を満たそうとする。何をもって「正気」と「狂気」を区別するのか、観るものに強く問いかける秀作であったと思う。

 ついでながら、先日NHKで、『ガリバー旅行記』の映画をやっていた。「日記界」でも、数人の方が、これに言及していたように記憶している。この映画は、原作とはだいぶ違うストーリーになっていたが、描きたいことは原作とも、また上に紹介した映画とも、共通するものがあったように思う。
本日の単身生活メニュー


970814(木)
[日記]日記を書くこと読むこと(13)「日記猿人界」50日後に、どう変わったか
 昨日に引き続いて、「日記猿人界」のデータを提供したいと思う。6月28日の日記で、日記猿人登録日記一覧を分析してから約50日が経過した。この期間に、どういう変化があったのかを調べてみた。前回のデータは6/27昼、最新のデータは8/14朝の時点のものである。
  1. 日記の登録番号について:前回は770番、今回は887番まで。
  2. 日記総数について:欠番を除いた日記数は、前回が投票参加584、不参加86、合計670(日記猿人運営関連の2本を含む)。今回が、投票参加666、不参加104、合計770。なお、いずれも#407が正体不明であったが、ここでは1つの日記に数えてある。
    よって、約50日で、実質100本の増加、つまり1日あたり2本の増加であった(拝見してはイケンするさん、どうしませう)。
  3. 前回登録の770番までの日記について、今回その変化を調べてみると、前回が投票参加584、不参加86、合計670、に対して今回は、投票参加567、不参加92、合計659であり、11本が離脱していることがわかった。この中で、投票不参加が86から92に増えている点が考えさせられる。


 前回と同様、複数の日記を登録している方の人数を調べた。原則としてメイルアドレスが同一のものを複数登録と見なしたが、6本の日記を登録している方の日記のうち1本は別のアドレスになっていた。しかしこれは、URLから同一人と断定させていただいた(なお日記名は前回と変わっているものがある)。もうお一人、名前もアドレスもURLも違っているが、ご本人も同一であると認められているようなので、これも2本登録の中に数えさせていただいた(“ハセピー”命名人と言えば、...)。2本の日記を登録されている方が前回の21人から28人に増加したのが、興味深い。
 これだけ登録日記が増えると、同一の日記名や、同名の作者が現れる。「日記」とか「日記帳」ばかりではない。面白いのでは、「にっきるおでおん」が、#885と#143の2本あること。また日記作者名に「siyoung」が3名あること。私は芸能界の知識は全くないので(このあいだも、短大生向けの授業で「シノラー」を「シムラー」と言い間違えて恥をかいたばかりだ)、このあたりはよくわからないが(但し、「スィフト」だったら知っているぞ>>>○成くん)、「にっきるおでおん」とか「siyoung」というのは、さいきん流行の芸名か曲の名前なのだろうか?

日記猿人で、複数の日記を登録している方の人数
( )内は、前回調査
日記の個数人数備考
6_1人(1)_
3_6人(7)_
228人(21)_

上の表から771本の日記(管理関係を含む)の作者は726人、#407は作者が存在せず、#000と#001は日記ではないので、実質723人であると推定される(前回は、#000、#001、#407を除いて627人)。

 最後に、どのぐらいの日記が更新されているかということであるが、8/13朝5:55から8/14朝8:02までに更新報告された日記数は、報告による更新が135本、自動更新54本であった。

 さて、ここで考察を、と思ったが、あまり長く書くと「オヤヂ狩り日記」の餌食になりかねないので、続きは、明日以降ということにしたいと思う。ええと、一つだけお断りしておくが、昨日と本日のデータ集計は、すべて、いったんファイルにセーブしたうえでエディタMifesの文字列検索・置換機能などを活用して機械的に行っている。紙の上に「正」の字を並べてシコシコ集計しているわけではないので、念のため。
本日の単身生活メニュー


970813(水)
[日記]日記を書くこと読むこと(12)固定読者の多い日記、通りすがりのお客が多い日記

 パソコンに外付けしていたハードディスクのデータを別のパソコンで読めるようになった。じつは、このハードディスクには、日記猿人関係の貴重なデータも保管されていた。少々古くなってしまったが、公開しておきたいと思う。

 Web日記の中には、毎日同じ人が投票するような日記(つまり固定読者が多い日記)と、あまり固定客はないが、1行コメントが面白そうな時だけ読まれる日記(通りすがりの読者が多い日記)というのがあるのではないかと思う。テーマが特定の業種や趣味に関係しているものは固定客が多いだろう。いっぽう、ジャンルが不明で、たまにセンセーショナルな話題を提供するような日記は、通りすがりの読者が多いのではないかと仮説を立てて、先月末の時点で比較的得票の多かった日記をしらべてみた。このデータは、7月30日に「日記猿人」の個別の得票状況から集めたものである。便宜上、10票以上を投じた人を「固定客」、1回だけ読んだよボタンを押した人を「通りすがりの読者」とし、全投票者に対する比率を求めてみた。

固定読者の多い日記

7月30日までの月間得票において、10票以上を投じた人を「固定読者」、1回だけ「読んだよボタン」を押した人を「通りすがりの読者」として、投票者総数に対する比率を求めた。
7/30までの得票数固定読者の比率通りすがり読者の比率日記名固定読者数通りすがり読者数投票者総数
1038.336.281MADE IN JAPAN!..._49_41146
872.289.344たえの徒然日記_37_44128
793.379.282コンピュータ室運営日誌_39_29103
763.148.389とほほ日記_24_63162
674.449.192ずくなし日記_35_15_78
661.274.282思うこと_32_33117
590.106.284わかば日記_15_40141
571.220.230れすッ!_22_23100
476.313.269家族の出来事_21_18_67
472.118.366ちゃろん日記(仮)_11_34_93
447.094.292ヒラリーマン随筆日記_10_31106
401.222.319しんつま日記_16_23_72
384.197.318パパほど素敵な..._13_21_66
344.129.258BOWDO__8_16_62
312.230.377日ごとに記す_14_23_61
312.120.347D-Point__9_26_75
281.229.292日々是平穏_11_14_48
279.153.322じぶん更新日記__9_19_59
268.412.353今日の私の行動_14_12_34
193.094.688BOWNOW__6_44_64
123.081.568スクラップブック__3_21_37

 結果の概略だけを言えば、固定読者比率が多い日記は、ここにあげた中では、1位が「ずくなし日記.449」、2位が「今日の私の行動.412」、3位が「コンピュータ室運営日誌.379」の順となっている。いっぽう、通りすがりの読者比率が多い日記は、1位が「BOWNOW.688」、2位が「スクラップブック.568」、3位が「とほほ日記.389」の順となっている。時間がないので、解釈は明日に続くということにしておくが、みなさまはどうお考えでしょうか?
本日の単身生活メニュー


970812(火)
[生活]単身生活始まる

 パソコンのほうは、着払いの宅配便で本体まるごとをメーカーに送り、修理してもらうことになった。とはいえ、13日から18日はお盆休みということだ。きのう書いたように、エディタでも大概のことはできるのだが、グラフの編集ができない。そこで、当面は実験室に籠もって、そこに置いてある旧式のDOS/V機を使わせてもらうことになった。このDOS/V機は、CPUが486DXで、内蔵ハードディスクも540MBしかない。内部メモリだけは32MBまで増設。ここから不要なファイルを削除し、代わりに、Win95システム、エディタ、Eメイル、WWブラウザ、FTPユーティリティが使えるように、整備した。文書やデータは、例によって1枚100MBのZipディスクで読み書きしている。
 これによって、従来どおり、Web日記を拝見したり、投票したりできるようになった。ただ、Eメイルは、着信用のメイルボックスを別のZipディスクに設定したため、常時受信することはできない。毎朝と毎夕に1回ずつ、チェックすることにしている(わざと、常時着信をできないようにしていたりして....。)
 もうひとつ、壊れたパソコンに接続していた外付けハードディスクを、別のパソコンに接続し直して読もうとしたが、これがうまくいかない。Safeモードなら、ファイルの転送もできるのだが、ノーマルモードで立ち上げようとすると、起動できないのである。【補足:8/13に、さらに別のパソコンに接続したところ、今度はドライバ情報を読み込んだ上で、ちゃんと読み書きができた。このパソコンにはPLUSはインストールしていない。最初につないだパソコンで起動できなかった原因は、あるいは、plusのせいか?】
 この外付けハードディスクの接続で、もうひとつ困ったのが、SCSIケーブル端子の違いである。パソコン側もハードディスク側も、主なもので5通りぐらいはある。オス、メスの違い、2種類の組み合わせなどがあるため、適合するケーブルやアダプタを見つけるのは至難のわざだ。これは、業者さんも困っているらしく、昨年買った2GBの外付けハードディスクの場合など、適合するケーブルが品薄とかで納入されず、2カ月近く、単なるインテリアとして使えないまま箱詰めで放置されていたことがあった。

 話題は変わるが、12日の午後、家族が妻の実家のほうに里帰りしたので、1週間あまりの単身生活が始まった。もともと独身時代が長かったため(結婚したのは30歳の時)、食事や身の回りのことで困ることはない。お盆の時期の家族の里帰りは恒例化しているが、この時期を利用して、敷き布団カバー(シーツでなく、敷き布団をくるんでいるカバー)や毛布をまるごと洗濯したり、居間の畳をドライバーを使ってベランダまで引っぱり出し日干しするなど、結構こまめに働いている【Web日記を書かれている奥様方、どうかほめてください】。それとどこの家でもそうだと思うが、冷蔵庫の中、とくにフリーザーの中には、賞味期限不明のものがいっぱい詰まっている。これを点検整備するのも、この時期の大切な仕事である。
 食事のほうも、あまり時間をかけずに、野菜炒めなど作って済ませる。あいにく、17日までは大学の生協食堂が休み、周辺のファミリーレストランなども、意地悪く日替わりランチのサービスを中止しているようだ。自炊を主体にせざるをえない。、毎日の食事のメニューをWeb日記に書いている方がおられた(ずくなし日記さんだったかな)。私も、単身生活中のメニューを記録していきたいと思う。


970811(月)
[生活]パソコン壊れて、空しい日々
 パソコンのハードディスクは、どうやら完全に壊れてしまったようだ。きょうは同僚に手伝ってもらって、パーティションを切るユーティリティソフトを使って復旧を試みたが、どうやらシステムを入れていたenhanced-IDEのハードディスクが完全に壊れてしまったようだ。フォーマットをやっても途中で止まってしまう。fdiskでMS-DOS基本領域を解放して再度確保を試みるが、読み書きのランプがついたままで、まったく進まない。お盆休みなので当分修理には出せない...。
 さいわい、いま書いている論文の原稿や、このWeb日記のファイルはハードディスクではなくて、zipディスクに保存して読み書きしていた。これを別の計算室のパソコンから2DDフロッピーディスクに移して、10年ほど前に発売されたエプソンのラップトップコンピュータ(PC286LE)で読み書きしている。
 このPC286LEには、4MBのRAMディスクをつけてあり、エディタがわりに「一太郎ver3.0」を使っている。辞書はRAMディスクに入っているので変換は速い。MS-DOSの残骸とはいえ、この「一太郎」でも、2文書(あるいは分割された同一文書)を同時表示でき、高速で文書間の移動やコピーもできるので、編集上、たいした不便は感じない。いま思えば、論文を、一太郎8.0文書ではなくて、HTML形式のテキストファイルで書いていたのは大正解だったなあ。おかげで、いままでに書いた大文字表示の見出しや表などをそのまま活かしながら、エディタで書き続けることができる。
 プラス思考で考えれば、しばらくは、こういう世界で生活するのもよいものだ。ネットを通して入ってくる情報が極端に制限された分、ひとつの仕事に集中できる。PC286LEも、グラフ作成ができないのはちょっと困るが、テキストファイルやHTMLファイルを編集するだけであれば、何の不自由もない。かえって、白液晶のほうが目に良いのではないかと思えるほどだ。
 明日は、家族が里帰りするので、このさい、山籠もりをしたつもりになって、仕事に精を出すことにしよう。
きょう、家の中でピッピッ鳴る物があるので何かと思ったら、「たまごっち」だった。だいぶ前から、私に内緒で「飼って」いたらしい。しかし、いつから飼い始めたのかは、誰も白状しなかった。おかしいなあ。


9700810(日)
[社会]「憲法アンケート」に思う

 昨日の日記にも書いたように、インターネットに接続して使っているパソコンのハードディスクが突然壊れてしまい、土日は、復旧にてんてこまいだった。 素人なりに、いろいろ復旧を試みたものの、どうにも動きがとれなくなり、完全再インストールを決断したわけだが、フォーマットがなかなか進まない。「アロケーションユニットXXXXを修復しようとしています」とメッセージが出るのである。このハードディスクはIDE2.1GBなのだが、8/9の昼の時点でユニット番号520あたりを「修復」していた。翌朝には終わっているだろうと思ったら、まだ850番だ。いい加減しびれを切らして、いったん電源を切り、再度フォーマットをやり直してみたが、900、1000 、1100番と順調に進んだものの、1200番あたりからまた、ユニット1つの修復に5分以上かかるようになってしまった。夕刻になって1400番台に到達したが、これって一体いつまで続くのだろう。何か、根本的に間違ったことをしているような気がしてきた。

 さて、個人的にはパソコンのトラブルでてんてこ舞いになっているが、このさい、一昨日の続きとして、自民党憲法調査会が5日に発表した、「憲法アンケート」のことに、忘れないうちにふれておきたいと思う。8月8日の日記で指摘したように、この話題を興味深いと思った第一の点は、新聞によって取り上げ方がまるっきり違うということであった。
京都に住んでいた頃、大学周辺の食堂などでスポーツ新聞に目を通すことがあったが、報知新聞と、それ以外のスポーツ新聞では一面の見出しはまるっきり違っていた。もちろん、報知新聞以外は阪神が勝った記事(阪神が負けてくると、在阪パリーグ球団の記事とか、別のスポーツの話題などに変わる)ばかり報じていた。この憲法アンケートも、そっくりで、讀賣新聞だけが大々的にとりあげ、産経がその次、朝日は、一日遅れて2面に少しだけ、毎日や中国地方のローカル系の新聞では、(ざっとチェックしただけなので見落としたかもしれないが)何も報じられていなかったのである。

 もう一つ、このアンケートで興味深かったのは、質問のやりかたである。スクラップブック8月7日記事にも記したように、朝日新聞は、このアンケートでは、「アンケートの前半には、現行憲法が連合軍の指示で制定されたとの見方や、欧米の憲法が数十回も改正された経緯などについての設問を並べた上で、時代に合わせて憲法を改めることの是非をたずねている」との断り書きがあり、質問が誘導的であったことを暗に示唆する記述になっていたが、産経新聞では、改憲賛成の比率が高いことが強調されているだけで、回答を改憲是認の方向に誘導した可能性については特に指摘がなかった。讀賣は、アンケートの全文を掲載しているが、一面記事を読む限りでは、誘導の可能性には何もふれていない。
 では、実際のところはどうなのだろうか。「憲法を読んだことがあるか」という設問1から始まり、 産経新聞によれば、これらは、「憲法に関する知識」についての質問ということらしいが、ほんとうに知識について聞くのであれば、もっと内容についての知識を聞くべきであったように思う。実際に実験してみないと確かなことは言えないが、こういう「質問」を立て続けにされれば、改憲をしないのは異常ではないかという気分になってくるかもしれない。
 もうひとつ、興味深いのは、問1で、「憲法を全く読んだことはない」が41%、「ほとんど読んでいない」が29.6%、合わせると70%を超える高率になっていることである。現行憲法を読んでいない人がこれだけいるのに、「憲法を改正賛成76%」というのはまことに奇妙な話だ。内容を読んでいない人がなぜ改憲賛成なのか。このあたりにも、問2から問5の影響が強く示唆される。

 これまでも指摘したが、改憲を唱えるからには、「何をどう変える必要があるのか」を具体的に指摘してもらいたいものだ。実際の回答で面白いというか、国民が健全であると思ったのは、「将来憲法を見直す時の検討課題になるものとして望ましいと思うものをあげよ」という問いに対して、回答の多い順から第5位までをあげてみると(回答は複数選択可能。比率は、改憲に賛成の人に対する比率)、 そうか、改憲を望む声というのは、こういうことだったのか!!と、思わず声を出してしまうほどである。
 もともと、憲法改正というと「天皇元首化」を望む人のことをすぐ連想してしまうが、この調査では「天皇を日本国の国家元首であると明記し、天皇の機能をもう少し強化する」という意見は11.6%にとどまっていた。それに近い10.6%の人が「天皇制を廃止する」という意見を持っているのも驚きであった。
 こういう内容を拝見してみると、仮に憲法改正論議が高まったとしても、戦後まもない時期から一貫して「憲法改正」を唱えていた人々の思惑どおりには、事は進むとは思えない。「改憲運動」=「右翼団体」という固定観念は、そろそろ取り去る必要がありそうだ。
 いずれにせよ、世論というのは常に生活と密着した問題に根ざして盛り上がるものである。讀賣新聞がどうキャンペーンを展開しても、憲法改正論議が生活に密着した切実な問題であるとは思えない。にもかかわらず、この時期に声を大にして叫ぶのはなぜか。あるいは、自民党の総裁選にむけて、これを話題にすることによって「自社さ」路線を分断し、「保保連合」に流れを変えようという本音がどこかに潜んでいるのかもしれない、と思った。

970809(土)
[電脳]Windows再インストールでとほほ。
 しかし、困ったものだ。昨日の午後、外出中に、インターネット接続に使っているパソコンが突然動かなくなった。ちょうどこの時間帯に、システムエージェントのデフラグが起動していたのだが、戻ってみると、「読めないドライブがありました。スキャンディスクを起動してください」という表示があった。そこで、仰せの通りにスキャンディスクを実行していたが、急いでEメイルを送る必要を思いだし、いったんこれをキャンセルした。この当たりから、急に重くなって、ついには凍ってしまった。どうにもならないので電源を切って、再度起動したら、全く動かない。
 この時点で、ちゃんと対処しておけばよかったのだろうが、起動ディスクを入れても、セーフモードでさえ立ち上がらないので、スキャンディスクプログラムを実行してみる。すると、システムディスクに次々と破損が見つかり、修復とチェックの無限(?)ループに陥る。ついには、テンポラリファイル(?)を作るスペースがなくなり、どうにも身動きがとれなくなる。
 別のハードディスクに、システムの丸ごとバックアップをとってあったので、あるいは何とかなるだろうと判断し、完全再インストールを開始する。しかし、これも「すでにシステムがインストール済である」との表示が出てうまくいかない。とうとう、システムディスクのフォーマットを断行するが、今度は「アロケーション何たらの修復」とかで、半日以上たっても、まだ「修復」が終わらない。今晩は、そのままほったらかしだ。
 ということで、昨日の続きは、明日以降に順延させていただく。

970808(金)
[心理]Web日記アンケートと自民党のアンケート(1)
 今朝(8/8)のいくつかの日記で指摘されていたが、私の同業者の某研究会が、日記作者あてにアンケートのお願いをしているそうだ。このところ私もすっかり日記廃人になってしまって、「アンケート」と聞くと真っ先に「不正投票」という言葉を連想してしまう。こちらのアンケートにも不正投票(正確には多重回答と言うのだろうか)はあるのかなあ。
 この依頼メイルは、実は私あてにも届いている。さっそく、案内されたURLにアクセスしてみたが、 など、必ずしも「日記界」に精通している人が調査をやっているわけでもなさそうだ。
『Web日記の心理』を調査しようと思うなら、まず自分で日記を書いて見ろ(ハセピー談)
 .....ふうむ、ここまで言い切ると、「殺人者の心理を調べたければ、まず人を殺して見ろ」という主張と同じになってしまうので、もう少し控えめに言うが、せめて最低20人分ぐらいの日記をまいにち読み続けないと、学会発表なんてできっこないよ、というのが率直な感想である。
 とはいえ、このアンケートはまだ始まったばかりである。調査者のメンバーには、私の出身高校の後輩も含まれているようなので、せっかくの調査を妨害するわけにはいかない。これ以上のコメントは8月末以降に述べることにしたいと思う。一言、私の立場から言えば、「人間はカミではない」(カミ => 紙 => 質問紙調査への回答)。おっと、これ以上言うと、心理学界から破門されかねない。自重自重。


 さて、アンケートということで思いだしたが、自民党憲法調査会は5日、全国の有権者を対象としたアンケート結果を発表した(スクラップブック8月7日記事参照)。これに関してきょう、たまたま図書館で調べ物をしていて面白いことに気づいた。
 スクラップブックで紹介した「自民党のアンケート」の記事は、朝日新聞岡山版(東京在住の方に念のため言っておくが、岡山では地元新聞以外は夕刊は存在しない)では、8月7日の日刊の2面の下のほうに、わずか20数行で紹介されているだけであった。
私は、別段、朝日のファンというわけではない。結婚した当初は、たまたまやってきた新聞拡販員に「石鹸などいらないが、2カ月無料にするなら1年だけとってやる」などと交渉し、1年2カ月たつ前に、別の新聞社の拡販員に、「契約が切れたら、そっちをとってやるから、3カ月分無料にしろ」などと交渉する。実際は2カ月半以上はタダにならなかったが、こうやって、確か、毎日、讀賣、朝日の順に次々と購読紙を切り替えていった。そのうちに、公正取引委員会何たらの通知徹底とかで、拡販員がケチるようになり、たまたま最後に切り替えた朝日をとり続けているだけのことだ。

 ところが、図書館で他の新聞を眺めて驚いたのだが、讀賣新聞は朝日より1日早い8月6日の1面に、3段抜きの「憲法改正76%賛成」という大見出しで、このことを報じていた。この讀賣の熱のいれようは、すごい。1面に55行で概要を紹介したのに加えて、3面の社説で「憲法論議への機は熟している」という見出しで、この調査結果を引用しつつ、改憲キャンペーンを展開している。そして13面では、「特集」と称して、囲碁・将棋欄以外の全面を割いて、自民党アンケートの全文と全回答比率を紹介しているのだ。
 このほかの主な新聞の8月6日と8月7日の記事をあたってみたが、毎日新聞や岡山地方でよく読まれている「山陽新聞」と「中国新聞」には、ざっと眺めた範囲では、それらしき記事は見あたらなかった。全国紙でほかに大きく取り上げていたのは産経新聞で、8月6日の1面に「憲法改正76%が賛成 時代の変化に合わない」という5段抜きの大見出しで、90行近くを割いて報じていた。産経新聞は、3面にも、改憲への賛否の比率を表した円グラフつきで、その内容を紹介していた。
 新聞によってこれだけ取り上げ方が異なれば、とうぜん、購読者のものの考え方も違ってくるだろう。もちろん、それぞれの新聞社が社風に沿った主張を行うのは当然である。ただ一般論として、事実の正確な報道を最大の使命とする全国規模の一般紙が、あまりにも過剰に世論誘導に熱を入れるのは、どうかと思う。改憲への賛否は別として、一政党が行った世論調査をここまで大々的に報じた讀賣新聞の突出ぶりには、ちょっと首をかしげたくなる。
 きょうは、時間がないので、これだけにとどめるが、讀賣新聞がせっかく、アンケートの全結果を掲載していたので、明日は、その内容に沿って、もう少し私なりの考えを述べたいと思う。なお、「日記を書くこと読むこと」の続きは、月曜日以降に掲載する予定である。

970807(木)
[日記]日記を書くこと読むこと(11)休日に読まれる日記、平日に読まれる日記
 日記の中には、休日と平日で読まれる数が異なる日記がある。休前日や休日だけに更新される日記であれば当然であろうが、毎日更新されている日記でも結構違いがあるように思う。まずは、データを示してみよう。ここで昨日とほぼ同じ日記を取り上げたが、「井筒亭日記」と「MADE IN JAPAN! アメリカ駐在日記」は、調査日に更新されていなかった時が2日以上あったので、表からは除外させていただいた。

休日に読まれる日記

平日は、7/24、7/25、7/29、7/30、8/4の5日間、
休日は、7/20、7/21、7/26、7/27、8/3の5日間、
休日得票総数を10日間の合計得票数で割った値を示した
比率が5割を超える日記は、休日のほうが多く読まれることを示す
休日に読まれる率日記名休日得票総数10日間得票総数
.606じぶん更新日記_66109
.604思うこと148245
.554コンピュータ室運営日誌175316
.507たえの徒然日記139274
.490スクラップブック_25_51
.482ずくなし日記121251
.473BOWDO_53112
.443パパほど素敵な商売はない!_66149
.423とほほ日記104246
.401ちゃろん日記(仮)117292
.329しんつま日記_52158
.328家族の出来事_60183

 この表を作ってみて驚いたのは、ここにあげた日記の中では「じぶん更新日記」が、休日に読まれる率がいちばん高いということであった。このデータだけからは、原因をさぐることは難しい。たまたま、休日に面白そうな話題をとりあげたためかもしれない。あるいは「毎日読むほどの価値はないが、休日ぐらいには読んでやろう」ということなのかもしれない。もう少し継続観察をしたうえで、結論を出したいと思っている。休日にあまり読まれない日記については、更新されていなかった可能性もある。カイシャからアクセスする読者が多い日記でも低い比率になるだろう。このあたりは、明日以降に、もう少し細かく分析してみたいと思っている。

970806(水)
[日記]日記を書くこと読むこと(10)夜に読まれる日記、昼に読まれる日記
クイズの説明で遅くなってしまったが、月末から月初めに計画していた、日記関連の話題をもう少し取り上げてみたいと思う。

 「読んだよボタン」ランキングについてはしばしば議論になり、また、何かのきっかけでランキング参加から離脱する人もいる。これ自体は、ひとそれぞれの見方があり、ここで深く議論するつもりはない。ただ、私のようにサーバの関係でカウンタをつけられない者にとっては、このボタンを押してもらうことが、読者についての唯一の貴重な情報源である。
 以前にも述べたが、かりにカウンタをつけても、カウンタ=読者数ということにはならない。ロボット検索でもカウントされるだろうし、内容を読まずに立ち去る人もいるだろう。アドレスだけの空メイルを送ってもらう方法もあるが、ブラウザによってはうまく送れないし、ネット環境によっては、かえって読者に面倒をかけるような気もする。

 さて、この「読んだよボタン」のデータであるが、単に、読者の総数を知るということだけではなく、そこからいろいろな貴重な情報を得ることができる。きょう取り上げるのは、「夜に読まれる日記、昼に読まれる日記」だが、これは、夕刻17:44集計時と、翌朝5:44集計時(昨日の得票データとして翌日ずっと見られる)の得票数から、分析することができる。
 そもそもこういうデータを得ようとおもったのは、「じぶん更新日記」が、夜にはあまり読まれていないことに気づいていたからだ。そこで、昼と夜とでどちらが多く読まれているのかデータを集めてみた。
 なお、ここでは、おおむね、先月の得票ランキングで上「位」だった日記を中心にリストアップしてある。但し、調査期間中にあまり更新のなかった「ヒラリーマン随筆日記」、「わかば日記」などは除いてある。厳密に言うと、「MADE IN JAPAN!」、「コンピュータ室運営日誌」、「思うこと」も、更新されていなかったり、ごく短い内容だけになっていたことがあった。

夜に読まれる日記

7/24、7/25、7/29、7/30、8/4の5日間の得票による。
昼:5:44-17:44,夜17:44-5:44
夜に読まれる比率日記名夜の得票総数得票総数
.835思うこと_81_97
.708ずくなし日記_92130
.699家族の出来事_86123
.657ちゃろん日記(仮)115175
.638コンピュータ室運営日誌_90141
.602井筒亭日記145241
.590パパほど素敵な商売はない!_49_83
.576BOWDO_34_59
.548たえの徒然日記_74135
.479とほほ日記_68142
.433MADE IN JAPAN! アメリカ駐在日記_77178
.387しんつま日記_41106
.326じぶん更新日記_14_43
.231スクラップブック__6_26

 この表から、やはり私の書いている「じぶん更新日記」や「スクラップブック」は、夜には読まれていないことが明白である。逆に言えば、ここにあげた日記の中では、「昼間読まれる比率の高い日記」のナンバー1とナンバー2になっているとも言える。
 はっきりしたことは言えないが、1つの理由は、私の日記が、たいがい毎朝8:00すぎに更新報告されていることにあるのではないかと考えられる。この点は、「しんつま日記」や「MADE IN JAPAN!」と共通するものがある。
 もう1つ、私の日記が、けっこう理屈っぽいことばかり書いているので、眠い目をこすりながら読むのには向いていないという理由もあるかもしれない。もっとも、私にはこういう日記しか書けないので、カープだったかドラゴンズだったか忘れたが、某青年から日記の内容や書き方に注文をつけていただいても、それに応じることができないのが実状である。
 なお、私は1日2回、朝と、夕刻に得票ランキングを拝見しているが、朝の得票ランキングには、上の表の「昼間読まれる日記」とはまた違った特徴が出ていて興味深い。たとえば、こちらの図は、8月5日の朝8時44分時点での当日の得票ランキングを画像クリップしたものである(約16KB、ファイルサイズ縮小のため色は変えてある)。早朝出勤前の読者が多いせいか、「コンピュータ室運営日誌」がダントツの得票を得ている。いっぽう、いつも話題が多い、ば○わ○氏の日記は1票も得票がない。ば○わ○氏が撤退を決意されたのかと目を疑ったほどであった(ちなみに、私の日記も全く得票がない)。ええと、これでは寂しすぎるという方はこちらの絵を御覧ください。
 ランキングの順位や得票数に振り回されるようでは本末転倒であるが、ランキング表や得票情報をうまく活用すると、自分の日記の意外な特徴が浮かび上がってくることがある。以下は、明日に続く。

970805(火)
[心理]文句を出させない工夫(7/24出題のクイズの発展)
 8/3と8/4の日記(うむ。どこが日記やぁ?)では、ゼッタイに文句が出ないようにお酒を分ける方法について考察した。こういう方法は、机上の空論、あるいは、理屈をこねるお遊びだと思われたかもしれない。しかし、集団で生活する限り、文句のタネは尽きないものだ。そこでヒトは、文句が起こりにくくなるようなさまざまな方法を考案してきた。きょうは、これについて考えてみたい。
 じつは、民主主義も活用の仕方を誤ると、単なる「文句を言わせないための道具」に陥ってしまう。ほんらい民主主義は、全員が参加して知恵を出し合い、少数意見も尊重しながら最良の解決の道を探っていることにある。そのプロセスを無視して決定ばかりを急ぐと、「多数決」が横行することになる。独裁者が決定したことには文句を言えるが、「多数決には従え」という主張に対しては文句を言いにくい。【だから、ずるがしこい独裁者は、自分では決定を下さない。議会を巧妙に操って、「多数決で決まったことを尊重する」という形で思い通りの政治をする。】
 民主主義の中でも特に議会制民主主義は「文句を言わせない道具」として活用されやすい。世論調査では賛成が40%、反対が30%、棄権が30%というように意見が激しく対立している議案があったとする。これを国民投票で決すると、4割が賛成するかもしれないが、圧倒的支持を集めたとは言いにくいので文句が出やすい。ところが、小選挙区制だけで議員を選ぶようにすれば、支持率40%の(この議案に賛成している)政党は8割の議席を占めることが可能である。そこで、国民投票ではなくて議会で多数決を行えば、「圧倒的多数」で可決されたことになり、文句が出にくくなる。
 もっとも、こういう制度は、いちがいに悪いとは言えない。特に、世論の形成が未成熟な社会では、目先の利益ばかりを優先した政策、あるいは八方美人的な人気取り政策が多数の支持を集めやすい。長期的視点に立った政策を実行するには、ある程度の我慢も必要である。こういう時、文句ばかり噴出して何も決められずに時機を逸するよりは、「文句を言わせないための制度」を最大限に活用して押し切ってしまったほうが、よい結果をもたらすこともある。とはいえ、これは、独裁国家にも道を開く危険な制度である。だからこそ、徹底した情報公開と自由な言論活動、それと構成員全員の主体的な関与が必要になってくるのである。

970804(月)
[心理]n人で文句が出ないように分ける方法(7/24出題のクイズの答え、その2)
 きょうは、2番目の問題:
n人(n≧3)がn個のコップを使って酒を分ける場合にも、絶対に文句が出ないような方法はあるだろうか。
について説明させていただく。これについては、稀Jrさんのお答えが、まことに簡潔で的確なものだったので、まずは、そのまま引用させていただく。
 方法は、
  1. ひとりがn個のコップに酒を「均等と思われる」ように分ける。
  2. n−1人が、順々に自分が一番多いと思ったコップを取っていく。
  3. 残ったコップが、1.で選んだ者になる。(自分で均等に分けたのだから、文句はない)
  4. 再び、n−1個の酒をひとつにして、n=n−1として、1.に戻る。
この方法は、適当な順に「分割権」を与えられた者(合計n-1人)に残ったコップを取らせるという操作を繰り返すことによって、最後は2人まで減らしていくという、数学的帰納法的な拡張を行ったものである。
 この「稀Jr法」は完璧と言えるだろうか。お酒を分けるメンバー全員が独立的に最大量のお酒の獲得を目ざしている限りはたぶん完璧だろう。しかし、中に派閥があれば、上記2.の段階で多少のズルをすることができるかもしれない。
  1. 例えば、メンバーがA、B、C、の3人で、AとCが派閥をつくっていたとする。
  2. 最初に分割する者がAさんで、お酒の総量が1000mlだったとしよう。Aさんは2つのコップにはそれぞれ約499ml、残りの1つには約2mlだけ入れる。この場合、Bさんが499ml、Cさんが2mlを受け取ると、Aさんは499mlを確実に受け取ることができる。
  3. そのあと、BさんとCさんのお酒はひとつにして再分割されるから、Cさんは、おおむね
    (499+2)/2=250.5ml
    を受け取れるだろう。
  4. その後、AさんとCさんが2人で得たお酒を分け合えば
    (499+250.5)/2= 374.75
    よって、派閥に属するAさんとCさんは、Bさんより多いお酒を獲得することが可能である。
まあ、「世の中に、派閥の種はつきまじ」ということだろう。こういうトラブルを解消するには、
  1. 全員が自分のコップを手にした時点で、全員が任意のメンバーに対して「自分より多い」というクレームをつけられるようにする。
  2. クレームをつけた者とつけられた者の2人で、再度お酒を分け合う(方法は、元の問題の答えと同じ)
  3. 誰からも文句を付けられず、自分自身のお酒の量にも不平がない者は抜け出して飲むことができる。
  4. 量の変化がない相手に対しては文句をつけるのは1回限りとする。
こんな事後交渉をすれば、派閥があっても文句が出ることはないだろう。但し、無限ループに陥る可能性がないとは言えない。
 派閥がなかった場合でも、「稀Jr法」は、非常に時間がかかる。そこで、例えばビールを分ける場合であったら、分割を繰り返す中で、生ぬるく気が抜けたビールへと変化していくだろう。こういう場合は、先に抜け出すものほど美味しいビールを飲めるという不公平が生じるだろう。
 では、もっと時間を短縮する方法はないだろうか。上にも述べたように、各自がいったんお酒を手にした段階で、自分のコップの量に不平がなく、かつ誰からも「多すぎる」という文句をつけられない人は、直ちに抜け出してよいだろう。これで、繰り返しの回数を大幅に短縮できる可能性がある。
 「稀Jr法」と全く異なる正解があるのかどうか、私にはわからない。急に思いついたという方があれば、ぜひ長谷川までお知らせください。

970803(日)
[心理]文句が出るとはどういうことか(7/24出題のクイズの答え、その1)

7/24出題のクイズ・解答者御芳名録



 きょうは、7/24に「出題」したクイズのうち、第一問目について、説明させていただきたいと思う。その前に、そもそも「文句が出る」とは、どういうことなのか、ちょっと考えてみたいと思う。
 ひとくちに「文句」と言っても、わがままに基づく「文句」、不公正に対する「文句」、権利侵害の「文句」など、いろいろな種類があるが、元の問題では、おそらく、次の2つの権利が侵害されないことが、文句の出ない必要十分条件であろうかと思う。  これらの権利を2つとも一方に与えてしまえば、もう一方は当然、権利侵害ということで文句を言う。ところが、どちらか、一方(Aさんとする)に、分割権を与えた場合、もう一方(Bさんとする)は、選択権を行使することで、分割権が奪われたことによる不公平を取り戻すことができる。またAさんも、分割権の行使にあたって選択肢を公正に分割したと主張する建前上、Bさんの選択権行使に文句を言うことができない。さらに重要な点は、分割権をAさんに与えるかBさんに与えるか、ということは文句の種にはなりえない。ここには実は、第3の権利、「分割権と選択権のどちらを行使するか」という「自分の手で分割する権利」があったはずなのだが、元の問題では、どちらに分割させても、残された者が「選択権」行使の段階でその喪失を100%取り戻せるから、あまり注目されないのである。もし「お酒を分割する場面をテレビで中継します」などという話があり、2人とも「テレビに出たがり屋」であったとすると、この権利の取得争いが生じるので、もはや文句の出ない方法はあり得なくなってしまう。

 さて、第一問に話題を移そう。畑を分割するということが、上に述べた「分割権」、「選択権」、それと元の問題では考慮する必要のなかった「自分の手で分割する権利」を侵害しないか、一方の権利喪失を他方の権利行使で100%補えるとするならば、同じ方法を実行すればよいだろう。もし、何らかの文句が出るとしたら、どちらに「分割権」を与えるか、つまり「自分の手で分割する権利」の喪失が「選択権」行使で補いきれない場合があるということを意味する。
 ここで、考えられそうなのが、畑の形、地形、水利など、お酒では考える必要のなかった別の要因である。
例えば、畑全体の形が、こういう形をしていたとする。そして、Aさんは、大型のトラクターだけを持っていて、なるべく長方形の土地を手に入れたいと考えていたとする。一方Bさんは、小回りのきく小型のトラクターだけを持っていたとする。こういう場合、もしBさんが分割権を手に入れたとすれば、Aさんの弱みにつけこんで、この図形の土地に水平線を引いて、上下に分割。そのさい下半分の長方形部分を相当少な目に分けることができる。Aさんは、長方形の畑でないとトラクターが使えないので、泣く泣く、図の“Y”の部分を選択する。この場合、「分割権」を侵害されたことに文句を言うだろう。もちろんAさんに「分割権」が与えられた場合でも、BさんにYを選ばれたら困るので、上半分の面積が多少広くなるような分け方をして、BさんがXのほうを選ぶように仕向けることは確かであろう。しかし、Bさんほど露骨に差を付けることはないだろう。Bさんは、もともと少しでも広い土地が欲しいから、ちょっとでもXのほうが広ければそちらを選ぶはずである。

 上に述べたケースは、土地の形の問題であったが、畑全体が山の斜面などにあって、低い土地が田んぼに適している場合なども、上と同じような「分割権」侵害の問題が起こりうる。例えば、Aさんは、稲作専業農家、Bさんは稲作と酪農の兼業農家であったとする。この場合も、Bさんが「分割権」を得れば、稲作しかできないAさんの弱みにつけ込んで、低い土地が極端に狭いような分割をすることができる。
 要するに、「分割権」と「選択権」が相互に、補完相殺しあう権利であり、当事者のいずれに分割権を与えても問題が生じないような場合では、元の問題の方法が有効である。お酒のように、分割が量の操作しかできない場合がこれに相当する。
 それ以外の場合では、相手の弱みにつけこんで「自分の手で分割する権利」を行使すると不公平が生じる恐れがあるので、この方法だけでは文句が出る恐れがある。こんな例も思い浮かぶ。

 イソップの寓話で、鶴(だったと思う)と狐が互いにご馳走し合う話があったように記憶している。鶴はくちばしが長いので、長い壺の中の食物を食べることができるが、狐は舌が届かない。いっぽう、狐は平たいお皿の上の食べ物を食べられるが、鶴は長いくちばしが邪魔して食物をうまくすくい上げられない。この二者が、これらの食器を使って食べ物を分ける場合も、どちらに分割権を与えるかで不公平が生じる恐れがあるだろう。鶴が分割する場合には長い壺のほうに多めに食物を入れる。狐が分割する場合には平たいお皿のほうに多めに食物を入れる。どちらも餓死寸前であってこれ以上交渉のやり直しができないという状況では、「選択権」を与えられた側は、相当に量が少なくても、とにかく口に入れやすい食器のほうを選ぶはずである。
 2つの民族が紛争回避のために領土を分割するような場合でも、残念ながら元の問題の分割法だけでは紛争解消にはつながらない。一方が遊牧民で他方が農耕民であるとか、隣の国に同一民族がたくさん住んでいて交流をする必要があるという場合などが、複雑な要因が絡むからである。ほかにどんなケースがあるだろうか。よい例がみつかったら、長谷川までお知らせください。

970802(土)
[生活]2泊3日の、日記のない生活
 7/31から8/2まで、鳥取県大山の山の家に行ってきた【なお、この関係で、7/30夜以降8/2までに更新報告された他の方の日記は殆ど拝見していません】。この山の家は、大学で職員の福利厚生経費で借り上げているもので、自炊ながら、1室1泊2600円で泊まることができる。4室が借り上げの対象になっているが、人気が高く、抽選で当たらないと利用できない。この夏は、当初8/1-8/3で申し込んでいたが、8/3が抽選で外れたため、空き室があった7/31から利用することにした。今年の夏は、8月下旬にもう1回、この種の旅行を計画している。
 このところ、毎晩「じぶん更新日記」、毎朝「スクラップブック」を執筆していたので、久しぶりに「日記のない」生活となった。で、代わりになにをしたか、ということだが、夜は、同じ時期に泊まりに来ていた同僚からビールやワインを勧められたため、アルコールを飲む習慣のない私は、すぐに足元がフラフラしてきて、21時頃にはさっさと寝てしまった。朝は、早起きして、子供たちとラジオ体操をしたり、野鳥の声を聞きながら散歩をしたり、...と、結構、健康的な生活をした。これをきっかけに日記をやめようとは思わないけれど、夜に書く「じぶん更新日記」については、もう少し、量を減らし、1回、400-800字程度に収めるように心がけたいと思っている。

以下は私的なメモです。