じぶん更新日記

1999年5月6日開設
Y.Hasegawa
[今日の写真] 昨年、鉢花として買ってきた花だが種名を忘れてしまった。トーテムポールに似ているように見える。どなたか種名をお教えいただければ幸いです。

11月11日(木)

【思ったこと】
991111(木)[心理]「行動随伴性に基づく人間理解」その後(1)

 このところ紹介雑誌などで取り上げられたせいか、行動随伴性に基づく自己理解生きがい論のしくみなど、ネット上で公開している論文を読んでくださる方が増えた。同じ趣旨で高齢者、農村、一般企業などで、行動随伴性に基づく分析を進めている卒論生も居る。このこと自体はたいへん有り難いと思うのだが、ゼミでの応答や学生の調査結果からみて、どうも私が主張してきたことがまだ十分に伝わっていないような気がしてならない。もちろんその根本原因は私の文章に書き足りないところがあるせいなのだが、一般の心理学入門書で紹介されている誤ったスキナー観が影を落としていることも否定できないように思う。どういう点に誤解があるのか、気づいた点から指摘してみたいと思う。
  • 行動随伴性による分析が従来のインタビュー調査と異なるのは、「気持ち」とか「態度」とか「意識」を聞く代わりに、とにかくできる限り詳細に「行動とその結果」をとらえることにある。それを種々の随伴性のパターン(基本随伴性か阻止の随伴性か、習得性好子か、行動内在的か付加的か...)で分類する中で、その随伴性のどの部分が生きがいとなり、どの部分がストレスになっているかを明らかにし、さらに現状に問題があれば、該当する随伴性に変更を加え、よりよい生活を実現しようとう見通しを示すところが特徴だ。

  • そのためには、行動もその結果もできうる限り具体的に把握していく必要がある。例えば「仕事をした→満足感があった」というのではあまりにも抽象的。仕事のどの段階でどういう変化が生じたのか、その変化が好子出現にあたるのかどうかといった問題を、もっと具体的に把握していかなければ意味がない。

  • 行動随伴性による分析は、過去の体験を無視するものではない。しかし、過去の体験が無意識とか潜在意識という形で現在の行動に影響を与えるとは考えない。過去の体験が姿・形を変えて現在の行動を維持する随伴性の中にどのように組み込まれているかを明らかにすることが大切。

    例えば遊園地の観覧車が怖くて乗れない人が居たとする。これは過去の過去の何らかの恐怖体験の影響を受けたものであるが、「観覧車が習得性嫌子になっている」と言及することの中に、すでに過去体験の情報が取り込まれているとも言える。

    幼少時に肉親が殺された場面を目撃し、そのことが死に対する異常な恐怖をもたらしているケースがあったとする。この場合、過去体験は、死という嫌子に習得性嫌子を付け加えているとも言えるし、死という嫌子対する確立操作として働いている場合もある。

  • いずれにせよ、過去体験をエピソード的に発掘して現在の行動と表面的につじつまをあわようとするだけでは随伴性による理解とは言えない。どんな行動であれ、現在の行動は現前の弁別刺激、直前条件、直後の結果、ルール、確立操作によって維持されているはずだという作業仮説はそう簡単に捨ててはならない。過去体験がどのように姿・形を変えて現在を支配しているかを見極めることこそがまさに随伴性による分析を行っていることに繋がると考えている。
時間が無くなってきたので、次回に続く。
【ちょっと思ったこと】
  • 11/9の日記で「車の給油口」に関連して「レバーを上下させて水道を出す規格が来年一本化されると書かれてあったが、はて、どっちに統一されるのだろう。」と書いたところ、次のような情報を寄せていただいた。ありがとうございました。
    日記に書いてあった水道のレバーは,上にあげると水が出るように変わります。「アップ吐水」とかいろいろな言い方があるようです。これは水栓の上に物が落ちたときにレバーが下がって水が出るのを防止するためだと聞いた記憶があります。
    なるほど、落下による漏水事故を防ぐためにはアップ型に統一したほうがベターということでしたか。このほか栓がゆるんできた時に、レバーに重しを巻き付けておいて急場をしのぐこともできるかもしれない。もっとも、レバーの上に物が落ちて栓が開いてしまうという事故はどの程度あったのだろうか。

  •  11/12朝のNHKニュースで、パキスタンの軍事政権が言論界から比較的ポジティブな評価を受けているという話題を取り上げていた。前シャリフ政権時代には反政府的な発言を行ったジャーナリストが拘束されるなど言論の自由が保障されていなかったのに対し、少なくとも現時点においてはそれが解かれている状態にあるとか。但し今後ともそれが保障されるかどうかは定かではないという。

     政権が民主的であるかどうかは、それが樹立されるプロセス(選挙か、クーデターか、革命か)よりも、樹立後に反政府的な発言を含む言論活動がどれだけ保障されているか、多様な価値観に基づく行動がどれだけ許容されているかが重要な決め手となる。いくら選挙で選ばれたからといって、単色の価値観を国民に押しつけるような政権は決して民主的とは言えまい。

     念のため言っておくがここでいう多様な価値観とは何でも好き勝手にしてよろしいという意味ではない。他の価値観を尊重することが大前提。大音響で軍歌や妨害音を垂れ流す街宣車は住民が静寂に過ごす権利を奪っているという点で、許容される多様な価値観の中には含まれない。気に入らない相手に嫌がらせをすることも同様。
【本日の畑仕事】
トマト、ナス、小松菜、大根、チンゲンサイ、人参を収穫。
【スクラップブック】
  • 11/15から官報がホームページで閲覧できるようになるという。こちらから。